このところ、香取神宮の歴史が面白くてなりません。大禰宜日記などを眺めて、元禄13年の造営の様子が良くわかります。
昔の人は、良く日記を残していますからね。こういった、日記が、手引きのようになって次の造営ではどんな風に手を回せば、より立派なものにすることができるかなんかを考えているようです。
時には、かなり強引に・・・これもまた、面白いものです。
ちょっと気になるのは、やはり神仏習合なんです。どうも、教科書や参考書で学んだ神仏習合って、ずいぶんと表面的なものなのだと思うわけです。
昔、神様と仏様が仲が良かった時の神社仏閣の壮麗さを見たいものだと・・・そんな風に思うんですね。詳細はこっちのサイトに書いてるんですけどね。
昔の人も、なかなかやるものだと、日々新しい驚きを感じるというわけです。
2013年5月14日火曜日
戦時下の日本・・・?
戦争を始められる憲法を作る機運が起こってきましたが、日本はどんな軍隊を持つべきなのか?なんって気になってきました。戦争をやる気なら・・・
第二次世界大戦の初期に日本は、かなりの船腹を擁し、とりあえずシーレーンを確保というか・・・シーレーンが犯される状況にはありませんでしたから、兵員の輸送や物資の移送も十分可能でした。ですから、日本海貿易及び、南方資源はとりあえず動いていた・・・しかし・・・アメリカの潜水艦が暗躍するようになると、徐々に、航海は危険なものへとなっていきます。
太平洋戦争に突入して行っても、日本は商船団を持っていて、国益のためには無保険でも・・・国が保障していましたから自由に動けていました・・・現在、日本に商船団は外国航路は143 隻16,917千トン外国用船は2,672隻162,138千トンか・・・ってことは・・・日本の主要な港か東シナ海あたりに潜水艦が出て、日本へ行く船に悪さをしかけると・・・船舶の保険が高くなって・・・無保険で航行する必要が出てくる?外国用船は引き上げるか、政府が保障でもしない限り・・・とても日本なんかには寄り付かなくなる・・・日本の貿易は途絶、食料は不足・・・買占め売り惜しみの巷と化すか・・・
東京湾口に機雷が、豊後水道に機雷が、紀伊水道に機雷が・・・関門海峡に硝酸アンモニウムを満載した自爆貨物船が出没、関門海峡で爆沈・・・下関・門司は崩壊、関門ルートが壊滅的な打撃を受けるとか・・・こんな状況になったら、日本はどうなる?
国がテロを仕掛けるとなると、こんなことができそうな?掃海などではなかなか不安を払拭することはできないし、潜水艦が遊弋しているとなれば・・・貿易は停止状態・・・国内はどうなる?
対潜装備は・・・対潜哨戒機のP3Cはおよそ100機ほど保有されています。配備されている基地は・・・八戸航空基地 第2航空群 - 第2航空隊 下総航空基地 下総教育航空群 - 第203教育航空隊 厚木航空基地 第4航空群 - 第3航空隊 第51航空隊(UP-3C/OP-3C) 岩国航空基地 第31航空群 - 第81航空隊(EP-3/OP-3C)、第91航空隊(UP-3D) 鹿屋航空基地 第1航空群 - 第1航空隊 那覇航空基地 第5航空群 - 第5航空隊 ふむ、これで防衛し切れているのか?・・・各航空隊に10機で1機の航続時間はおよそ14時間・・・まあ、人間が持たないから12時間の哨戒が可能な機体なんでしょう・・・飛行高度はどのくらい?巡航高度は4000m程度、哨戒高度は300m程度ですかね?ソノブイってどのくらいの高さから落とすのかね?磁気探知とか・・・切りのいい1000フィート500フィート・・・次期対潜哨戒機は70機か・・・有事の際には、足りるのか?高性能になったから100機を70機にするというのは平時的な発想では?対潜能力はそれほど向上しなくて、1機撃墜されると、それによる戦力低下の割合が大きくなる・・・
100発1中の大砲と、百発百中の大砲1門が戦うと・・・緒戦のまぐれ当たりで百発百中の大砲は消えて戦力は0になるという素敵な計算と同じです。
海は広いから・・・航空機の速度は早く、潜水艦は遅いにしても・・・かなり、忙しい・・・不審なものがあれば、高度を下げての哨戒、その穴を埋めるために、さらに哨戒機が必要になる・・・
近頃の哨戒能力から考えると・・・やはり、平時から戦時への転換点で、大攻勢をかけて、長期戦へ持ち込むのが無難か・・・第五列の暗躍か?
実効性が高いのは航空燃料だな・・・自衛隊の航空基地は・・・多分タンクローリーによる輸送、平時は専用のやつですかね?JP-5とか運んでいる奴・・・空港のパイプラインが破壊され、航空燃料の貯蔵施設が爆破される・・・各地の、石油コンビナートや燃料備蓄基地が破壊・・・犯行にはロケットランチャーが使われた・・・しかし、どこの国ものか不明・・・しかも、短期間の同時多発テロ・・・自爆テロなどが横行・・・都心では、盗まれたタンクローリーが、共同溝にガソリンを流し込み放火・・・地下鉄などにも同様のテロが行われる・・・送電線の破壊とか・・・しかし、犯人は分からず、声明も発せられない・・・
国内は不安の巷となる・・・こんなことが半日ぐらいの間に起こったら?戒厳令が発せられますね。物流、一般生活は停止・・・電力も途絶する場所が出るようだと・・・社会インフラの制限で・・・食料供給などは?配給するのだろうか?
実質的な戒厳令が敷かれるとどうなる?災害時の避難方法と同じか?車を道の端に寄せて、放置・・・公共交通機関で移動・・・電力施設が破壊されていると厄介か・・・変電所などが破壊された場合、どうなる?
つまり、この前の震災の際の東京に、略奪・放火をおこなう人間が出た状態を想定すると?人の移動は制限されることになるか?
戒厳令は、特定地域に対して発せられるが、不安は広がり・・・特定地域以外でも、予防的な警戒を行うことになる・・・ふむ・・・米国憲法はこいつを想定しているのか・・・
修正第2条[武器保有権] [1791 年成立]
規律ある民兵団は、自由な国家の安全にとって必要であるから、国民が武器を保有し携行する権利は、 侵してはならない。
有事対応に国内を整備するとなれば・・・国内に検問や治安維持のために、武装組織を作っておかなければならなくなるのか?予備自衛官を中心とし、ある程度の武器を集積した場所が・・・日本は原則武器の保有が認められないから・・・
スイスだと国民700万人のうち、有事の際の初期動員は40万人だから5%程度の動員をかけるということになるから・・・日本の場合は12500万人だから、625万人を初期動員?・・・ふむ?武器を持たない軍隊が出来上がってしまうのか?
日本国内の小銃は・・・64式7.62mm小銃が23万丁、89式5.56mm小銃は12万丁・・・35万丁ぐらいの小銃があるのかな?旧軍の三八式歩兵銃は340万丁、三十年式歩兵銃・騎兵銃は60万丁、九九式歩兵銃は250万丁製造されていますから500万丁ぐらいの小銃があったことになるのか?
終戦時の帝国陸軍の兵力は210個師団547万人程度・・・兵器は潤沢ではないと分かりますね。同じような割合で小銃を使うと有事の際には40万人規模の軍しか作れないということか。陸上自衛隊の定数は約15万2千と即応予備自衛官8千の16万の軍か・・・これを中核に拡充・・・するにしても、小銃の生産能力はどのくらいある?毎年1万丁程度を製造して、多い時で2万丁は年間に製造している・・・標準的な労働時間での操業で、日産80丁だから、昼夜フル操業で1年で26万丁程度は生産できるのか?本気で戦争をするには足りそうもないか・・・
小銃よりちょっと威力のある住友重工がライセンス生産を行う5.56mm機関銃MINIMIは2011年度予算までに4456丁あるから4000分隊ぐらいは作れる・・・1分隊はおよそ30名だから・・120000の兵力・・・ってことは、自衛隊は、ギリギリの装備しか持っていないことになるのかね?まあ、戦争を予定している軍隊ではないので、装備品は・・・戦時の消耗を考えていない・・・
じゃあ、戦時即応型にするには、どのくらいの金がかかるのか?防衛予算はおよそ5兆円で人件費が45%程度だから、装備品は2.8兆円で小銃1万丁を補いそれに見合った装備品を更新している?じゃあ、単純に歩兵1万人増加分で2.8兆円上乗せして整備して・・・10年で50万人規模の装備品にしたら・・・どんな計算をしたらよいのかな?
16万から50万の兵力用へ・・・34万・・・2.8×34÷10・・・大体9.5兆円の上乗せ+毎年兵器の更新のための予算も必要?すると、兵器を維持するだけで10年後には毎年9兆円が武器の整備費で消える、それまでは、毎年17兆円ぐらいの軍事支出をしなければならない?現在の3倍強の防衛予算か・・・現状だと4万円程度が国民一人当たり1年の負担ですが14万円になるってことか・・・本気の戦争を始めて500万の兵を動かすようになったら・・・どれだけの金が必要なんだ?
戦闘が行われるとどのぐらいの被害が出るのか?こいつも気になりますね・・・
コタバル強襲上陸作戦だと・・・日本側5300、防衛側が6000・・・日本の死傷者850、消耗率は16%程度か・・・通常の戦闘だと5~10%の消耗率になるのでしょう?でも・・・オットー・ディクスの傷痍軍人だっけ・・・そんな絵を思い出しましたね。
昔々の思い出・・・上野公園に白衣の勇士がいましたっけ。
戦中だと、負傷した軍人が、病院から病院着の白衣のまま抜け出していたのでしょうが・・・戦後、傷痍軍人が白衣姿で募金を行っていたというやつですね。
戦争か・・・いやだね・・・人の殺し合いは醜い・・・栄光なんってあるのか?
戦傷病者及び戦没者遺族への援護|厚生労働省 戦後何年経ってる?未だに、戦争の傷跡は残り・・・しょうけい館 戦傷病者史料館 などがあるというわけです。なんで、戦争をしたくなるのかね?戦没者遺族等への援護|厚生労働省 戦後はなかなか終わらず・・・今もなお・・・旧軍人の本人や遺族に対する援護や慰給支給額は、平成23年現在で総額約50兆円に及んでいるとのこと・・・全国空襲被害者連絡協議会 戦争によって受けた個人的な被害は、日本では保障の対象にならない・・・空襲なども運が悪かった程度の扱いなのか・・・
軍人の栄光で思いだした・・・金鵄勲章、恩給規定があったっけ・・・ちょっと、金鵄勲章を近代デジタルライブラリーでチェック・・・近代デジタルライブラリー - いくさ土産 美しい話が並んでいます。極限状況では確かに、美しい話が生まれますが・・・命と引き換えの美しい話を喜んでよいのやら・・・敬意が心の中に生まれますが・・・戦争がなければ、普通の生活の中でも光を放つ人たちの話・・・
美しさ・・・それは、話を生み出させた場を照らす、話に出てこない多くの命の光による輝きですから・・・命がけ・・・でも、あまりその光を見たくはありません、この光と引き換えに行われていることを考えるとね・・・この美しい話が、何に使われるかでも意味は違ってきます。一つ一つの話は・・・純粋です。だから、美しい・・・だから困る・・・この本を勧める人の心によって、美しさは目的を持ち・・・妙な光へと変わってしまうこともありますから。私は・・・ただ、読んだだけ・・・押しつけがましい文章ではなく・・・純粋だからです。そりゃ、感じるものがありました・・・ただ、それだけとしましょう。
無私の人の役に立つ行為って、美しいと思うのです・・・軍だってその目的が善であれば・・・軍が・・・「恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。」このために軍を持ち、この目的のためだけに武力が使われるのであれば・・・「正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。」このことに反するはずはないと信じますがね。
自分は!我が国は!という言葉を高らかに述べると・・・美しくなくなります。日本国憲法の精神は、非常に美しく・・・案外、日本を含む戦争を戦った人々の総意の結晶のように思えるのですが・・・押し付けと呼ばれようが、純国産でなくても、私はこの憲法の精神は素晴らしいと思うのです。この憲法の精神は、戦争で消えて行った魂の光で輝いていると思えるのです。
「いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務である」なんって、素晴らしいじゃないですか・・・日本だけじゃないのですよ、この憲法は地球上の全ての人類に対して責任を持ってるのですから。日本だけの偏狭な考えに則っているのではないのです。
だから、私は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓っても良いと考えるわけですね。ちょっと、極端ですが・・・全世界に対して、そんな風に行動できれば良いと考えてますが・・・なかなか、実践は困難です。
正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、この実現のための武力の行使は・・・OKでしょう。ある意味、我が国の憲法は憲法は「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすること」と「平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会」のために戦え!と書かれていると信じてますからね。
だって・・・日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会に反するような政府を通じての国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。国の交戦権は、主権者たる国民として認めない。・・・憲法9条の条文を、憲法の他の部分の言葉と、「それ」を「主権者たる国民として」としちゃったんです。
こうすると、憲法9条の解釈は楽だたと思うのです。私の私的な9条解釈です。憲法は、国家権力の組織とか権限など、統治の基本原理・原則を定めることによって、国民の主権が侵されないように定めた法規範だと思ってますから・・・憲法の本質は基本的人権の保障にあり、国家権力の行使を拘束・制限し、権利・自由の保障を図るためのものである!ってやつね。
国家権力と主権者たる国民って対立概念なんですからね・・・「国民の憲法」の理念は、国家権力主導の国民という形・・・国家による国民の指導って理念なんですかね?世界を無視した独りよがりの憲法?
憲法9条は厄介ですが・・・憲法は、主権者の崇高な理念なんですから・・・自由・平等・博愛なんかを考えるのに疲れた主権者が、自由や平等や博愛なんって理念はどうでもいいから、政府の下につながれて、楽だから政府の言うことを鵜呑みに聞いて戦争だろうと、人殺しだろと、盗みを始めとする権利侵害なんだろうと自分の判断なしで・・・
崇高なん理念を放り出すような憲法なんって・・・
しかし、為政者は憲法に反するような法律を作ったって構わないと思うわけです。でも、その法が国民の権利を著しく脅かすようであれば・・・それは、憲法に反する!と叫べばよいわけですから・・・ある意味、憲法は伝家の宝刀のような物なのですから。崇高な理念を代表する飾りと言っても良いかな?
まあ、世の中には戦争の華やかな部分や、美しい話を作り出す部分が好きな人がいます。兵器は美しいと思いますし。技術の華の部分でもあります。しかし、華やかさや美しさの裏には・・・人殺しがあるわけです。戦争の中ですりつぶされた、またはすりつぶされるであろう魂の光に照らされることで輝いている部分なのです。
核兵器廃絶の願い、反対運動が輝くのは・・・核兵器で失われた、または失われるであろう無辜の魂の光が照らすからです。戦争って・・・華やかなものや美しいものを生み出す力がありますが・・・私は、その裏にある人殺しが嫌いです。
まあ、私の立場は明確です。人殺しは嫌い、みな仲良く暮らせれば良い。一人より二人の方が楽しい、もっとたくさんの仲間がいればもっと楽しい・・・ただそれだけです。仲良くやるには・・・互いの立場を理解し、互いの権利を尊重することでしょう。
皆で飲んで騒ごう!XXは仕事で来られない?XXは仕事を辞めろ!じゃないでしょう、残念だけど、皆の都合の良い時にやろう!ちょっとの我慢で、より楽しくなる・・・皆の立場を理解し、皆が楽しめる方が良い・・・それと同じことなんです。
(2013.05.14)
第二次世界大戦の初期に日本は、かなりの船腹を擁し、とりあえずシーレーンを確保というか・・・シーレーンが犯される状況にはありませんでしたから、兵員の輸送や物資の移送も十分可能でした。ですから、日本海貿易及び、南方資源はとりあえず動いていた・・・しかし・・・アメリカの潜水艦が暗躍するようになると、徐々に、航海は危険なものへとなっていきます。
太平洋戦争に突入して行っても、日本は商船団を持っていて、国益のためには無保険でも・・・国が保障していましたから自由に動けていました・・・現在、日本に商船団は外国航路は143 隻16,917千トン外国用船は2,672隻162,138千トンか・・・ってことは・・・日本の主要な港か東シナ海あたりに潜水艦が出て、日本へ行く船に悪さをしかけると・・・船舶の保険が高くなって・・・無保険で航行する必要が出てくる?外国用船は引き上げるか、政府が保障でもしない限り・・・とても日本なんかには寄り付かなくなる・・・日本の貿易は途絶、食料は不足・・・買占め売り惜しみの巷と化すか・・・
東京湾口に機雷が、豊後水道に機雷が、紀伊水道に機雷が・・・関門海峡に硝酸アンモニウムを満載した自爆貨物船が出没、関門海峡で爆沈・・・下関・門司は崩壊、関門ルートが壊滅的な打撃を受けるとか・・・こんな状況になったら、日本はどうなる?
国がテロを仕掛けるとなると、こんなことができそうな?掃海などではなかなか不安を払拭することはできないし、潜水艦が遊弋しているとなれば・・・貿易は停止状態・・・国内はどうなる?
対潜装備は・・・対潜哨戒機のP3Cはおよそ100機ほど保有されています。配備されている基地は・・・八戸航空基地 第2航空群 - 第2航空隊 下総航空基地 下総教育航空群 - 第203教育航空隊 厚木航空基地 第4航空群 - 第3航空隊 第51航空隊(UP-3C/OP-3C) 岩国航空基地 第31航空群 - 第81航空隊(EP-3/OP-3C)、第91航空隊(UP-3D) 鹿屋航空基地 第1航空群 - 第1航空隊 那覇航空基地 第5航空群 - 第5航空隊 ふむ、これで防衛し切れているのか?・・・各航空隊に10機で1機の航続時間はおよそ14時間・・・まあ、人間が持たないから12時間の哨戒が可能な機体なんでしょう・・・飛行高度はどのくらい?巡航高度は4000m程度、哨戒高度は300m程度ですかね?ソノブイってどのくらいの高さから落とすのかね?磁気探知とか・・・切りのいい1000フィート500フィート・・・次期対潜哨戒機は70機か・・・有事の際には、足りるのか?高性能になったから100機を70機にするというのは平時的な発想では?対潜能力はそれほど向上しなくて、1機撃墜されると、それによる戦力低下の割合が大きくなる・・・
100発1中の大砲と、百発百中の大砲1門が戦うと・・・緒戦のまぐれ当たりで百発百中の大砲は消えて戦力は0になるという素敵な計算と同じです。
海は広いから・・・航空機の速度は早く、潜水艦は遅いにしても・・・かなり、忙しい・・・不審なものがあれば、高度を下げての哨戒、その穴を埋めるために、さらに哨戒機が必要になる・・・
近頃の哨戒能力から考えると・・・やはり、平時から戦時への転換点で、大攻勢をかけて、長期戦へ持ち込むのが無難か・・・第五列の暗躍か?
実効性が高いのは航空燃料だな・・・自衛隊の航空基地は・・・多分タンクローリーによる輸送、平時は専用のやつですかね?JP-5とか運んでいる奴・・・空港のパイプラインが破壊され、航空燃料の貯蔵施設が爆破される・・・各地の、石油コンビナートや燃料備蓄基地が破壊・・・犯行にはロケットランチャーが使われた・・・しかし、どこの国ものか不明・・・しかも、短期間の同時多発テロ・・・自爆テロなどが横行・・・都心では、盗まれたタンクローリーが、共同溝にガソリンを流し込み放火・・・地下鉄などにも同様のテロが行われる・・・送電線の破壊とか・・・しかし、犯人は分からず、声明も発せられない・・・
国内は不安の巷となる・・・こんなことが半日ぐらいの間に起こったら?戒厳令が発せられますね。物流、一般生活は停止・・・電力も途絶する場所が出るようだと・・・社会インフラの制限で・・・食料供給などは?配給するのだろうか?
実質的な戒厳令が敷かれるとどうなる?災害時の避難方法と同じか?車を道の端に寄せて、放置・・・公共交通機関で移動・・・電力施設が破壊されていると厄介か・・・変電所などが破壊された場合、どうなる?
つまり、この前の震災の際の東京に、略奪・放火をおこなう人間が出た状態を想定すると?人の移動は制限されることになるか?
戒厳令は、特定地域に対して発せられるが、不安は広がり・・・特定地域以外でも、予防的な警戒を行うことになる・・・ふむ・・・米国憲法はこいつを想定しているのか・・・
修正第2条[武器保有権] [1791 年成立]
規律ある民兵団は、自由な国家の安全にとって必要であるから、国民が武器を保有し携行する権利は、 侵してはならない。
有事対応に国内を整備するとなれば・・・国内に検問や治安維持のために、武装組織を作っておかなければならなくなるのか?予備自衛官を中心とし、ある程度の武器を集積した場所が・・・日本は原則武器の保有が認められないから・・・
スイスだと国民700万人のうち、有事の際の初期動員は40万人だから5%程度の動員をかけるということになるから・・・日本の場合は12500万人だから、625万人を初期動員?・・・ふむ?武器を持たない軍隊が出来上がってしまうのか?
日本国内の小銃は・・・64式7.62mm小銃が23万丁、89式5.56mm小銃は12万丁・・・35万丁ぐらいの小銃があるのかな?旧軍の三八式歩兵銃は340万丁、三十年式歩兵銃・騎兵銃は60万丁、九九式歩兵銃は250万丁製造されていますから500万丁ぐらいの小銃があったことになるのか?
終戦時の帝国陸軍の兵力は210個師団547万人程度・・・兵器は潤沢ではないと分かりますね。同じような割合で小銃を使うと有事の際には40万人規模の軍しか作れないということか。陸上自衛隊の定数は約15万2千と即応予備自衛官8千の16万の軍か・・・これを中核に拡充・・・するにしても、小銃の生産能力はどのくらいある?毎年1万丁程度を製造して、多い時で2万丁は年間に製造している・・・標準的な労働時間での操業で、日産80丁だから、昼夜フル操業で1年で26万丁程度は生産できるのか?本気で戦争をするには足りそうもないか・・・
小銃よりちょっと威力のある住友重工がライセンス生産を行う5.56mm機関銃MINIMIは2011年度予算までに4456丁あるから4000分隊ぐらいは作れる・・・1分隊はおよそ30名だから・・120000の兵力・・・ってことは、自衛隊は、ギリギリの装備しか持っていないことになるのかね?まあ、戦争を予定している軍隊ではないので、装備品は・・・戦時の消耗を考えていない・・・
じゃあ、戦時即応型にするには、どのくらいの金がかかるのか?防衛予算はおよそ5兆円で人件費が45%程度だから、装備品は2.8兆円で小銃1万丁を補いそれに見合った装備品を更新している?じゃあ、単純に歩兵1万人増加分で2.8兆円上乗せして整備して・・・10年で50万人規模の装備品にしたら・・・どんな計算をしたらよいのかな?
16万から50万の兵力用へ・・・34万・・・2.8×34÷10・・・大体9.5兆円の上乗せ+毎年兵器の更新のための予算も必要?すると、兵器を維持するだけで10年後には毎年9兆円が武器の整備費で消える、それまでは、毎年17兆円ぐらいの軍事支出をしなければならない?現在の3倍強の防衛予算か・・・現状だと4万円程度が国民一人当たり1年の負担ですが14万円になるってことか・・・本気の戦争を始めて500万の兵を動かすようになったら・・・どれだけの金が必要なんだ?
戦闘が行われるとどのぐらいの被害が出るのか?こいつも気になりますね・・・
コタバル強襲上陸作戦だと・・・日本側5300、防衛側が6000・・・日本の死傷者850、消耗率は16%程度か・・・通常の戦闘だと5~10%の消耗率になるのでしょう?でも・・・オットー・ディクスの傷痍軍人だっけ・・・そんな絵を思い出しましたね。
昔々の思い出・・・上野公園に白衣の勇士がいましたっけ。
戦中だと、負傷した軍人が、病院から病院着の白衣のまま抜け出していたのでしょうが・・・戦後、傷痍軍人が白衣姿で募金を行っていたというやつですね。
戦争か・・・いやだね・・・人の殺し合いは醜い・・・栄光なんってあるのか?
戦傷病者及び戦没者遺族への援護|厚生労働省 戦後何年経ってる?未だに、戦争の傷跡は残り・・・しょうけい館 戦傷病者史料館 などがあるというわけです。なんで、戦争をしたくなるのかね?戦没者遺族等への援護|厚生労働省 戦後はなかなか終わらず・・・今もなお・・・旧軍人の本人や遺族に対する援護や慰給支給額は、平成23年現在で総額約50兆円に及んでいるとのこと・・・全国空襲被害者連絡協議会 戦争によって受けた個人的な被害は、日本では保障の対象にならない・・・空襲なども運が悪かった程度の扱いなのか・・・
軍人の栄光で思いだした・・・金鵄勲章、恩給規定があったっけ・・・ちょっと、金鵄勲章を近代デジタルライブラリーでチェック・・・近代デジタルライブラリー - いくさ土産 美しい話が並んでいます。極限状況では確かに、美しい話が生まれますが・・・命と引き換えの美しい話を喜んでよいのやら・・・敬意が心の中に生まれますが・・・戦争がなければ、普通の生活の中でも光を放つ人たちの話・・・
美しさ・・・それは、話を生み出させた場を照らす、話に出てこない多くの命の光による輝きですから・・・命がけ・・・でも、あまりその光を見たくはありません、この光と引き換えに行われていることを考えるとね・・・この美しい話が、何に使われるかでも意味は違ってきます。一つ一つの話は・・・純粋です。だから、美しい・・・だから困る・・・この本を勧める人の心によって、美しさは目的を持ち・・・妙な光へと変わってしまうこともありますから。私は・・・ただ、読んだだけ・・・押しつけがましい文章ではなく・・・純粋だからです。そりゃ、感じるものがありました・・・ただ、それだけとしましょう。
無私の人の役に立つ行為って、美しいと思うのです・・・軍だってその目的が善であれば・・・軍が・・・「恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。」このために軍を持ち、この目的のためだけに武力が使われるのであれば・・・「正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。」このことに反するはずはないと信じますがね。
自分は!我が国は!という言葉を高らかに述べると・・・美しくなくなります。日本国憲法の精神は、非常に美しく・・・案外、日本を含む戦争を戦った人々の総意の結晶のように思えるのですが・・・押し付けと呼ばれようが、純国産でなくても、私はこの憲法の精神は素晴らしいと思うのです。この憲法の精神は、戦争で消えて行った魂の光で輝いていると思えるのです。
「いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務である」なんって、素晴らしいじゃないですか・・・日本だけじゃないのですよ、この憲法は地球上の全ての人類に対して責任を持ってるのですから。日本だけの偏狭な考えに則っているのではないのです。
だから、私は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓っても良いと考えるわけですね。ちょっと、極端ですが・・・全世界に対して、そんな風に行動できれば良いと考えてますが・・・なかなか、実践は困難です。
正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、この実現のための武力の行使は・・・OKでしょう。ある意味、我が国の憲法は憲法は「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすること」と「平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会」のために戦え!と書かれていると信じてますからね。
だって・・・日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会に反するような政府を通じての国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。国の交戦権は、主権者たる国民として認めない。・・・憲法9条の条文を、憲法の他の部分の言葉と、「それ」を「主権者たる国民として」としちゃったんです。
こうすると、憲法9条の解釈は楽だたと思うのです。私の私的な9条解釈です。憲法は、国家権力の組織とか権限など、統治の基本原理・原則を定めることによって、国民の主権が侵されないように定めた法規範だと思ってますから・・・憲法の本質は基本的人権の保障にあり、国家権力の行使を拘束・制限し、権利・自由の保障を図るためのものである!ってやつね。
国家権力と主権者たる国民って対立概念なんですからね・・・「国民の憲法」の理念は、国家権力主導の国民という形・・・国家による国民の指導って理念なんですかね?世界を無視した独りよがりの憲法?
憲法9条は厄介ですが・・・憲法は、主権者の崇高な理念なんですから・・・自由・平等・博愛なんかを考えるのに疲れた主権者が、自由や平等や博愛なんって理念はどうでもいいから、政府の下につながれて、楽だから政府の言うことを鵜呑みに聞いて戦争だろうと、人殺しだろと、盗みを始めとする権利侵害なんだろうと自分の判断なしで・・・
崇高なん理念を放り出すような憲法なんって・・・
しかし、為政者は憲法に反するような法律を作ったって構わないと思うわけです。でも、その法が国民の権利を著しく脅かすようであれば・・・それは、憲法に反する!と叫べばよいわけですから・・・ある意味、憲法は伝家の宝刀のような物なのですから。崇高な理念を代表する飾りと言っても良いかな?
まあ、世の中には戦争の華やかな部分や、美しい話を作り出す部分が好きな人がいます。兵器は美しいと思いますし。技術の華の部分でもあります。しかし、華やかさや美しさの裏には・・・人殺しがあるわけです。戦争の中ですりつぶされた、またはすりつぶされるであろう魂の光に照らされることで輝いている部分なのです。
核兵器廃絶の願い、反対運動が輝くのは・・・核兵器で失われた、または失われるであろう無辜の魂の光が照らすからです。戦争って・・・華やかなものや美しいものを生み出す力がありますが・・・私は、その裏にある人殺しが嫌いです。
まあ、私の立場は明確です。人殺しは嫌い、みな仲良く暮らせれば良い。一人より二人の方が楽しい、もっとたくさんの仲間がいればもっと楽しい・・・ただそれだけです。仲良くやるには・・・互いの立場を理解し、互いの権利を尊重することでしょう。
皆で飲んで騒ごう!XXは仕事で来られない?XXは仕事を辞めろ!じゃないでしょう、残念だけど、皆の都合の良い時にやろう!ちょっとの我慢で、より楽しくなる・・・皆の立場を理解し、皆が楽しめる方が良い・・・それと同じことなんです。
(2013.05.14)
2013年5月12日日曜日
日本の秩序って・・・?続き http://www4.atpages.jp/yumede/txt/txt119.htmから
どうも、我が国では、法秩序より、伝統的支配に基づく秩序を好むのかもしれません・・・って前回の書きだし・・・ちょっと、違うな・・・というより、そこへ回帰してしまうというのが正しいような?
基本は伝統的な支配とは別に、民主社会が古くから成立・・・漠然とした民意=公序良俗による支配が基本で形式的な伝統的支配が看板として存在する・・・形式的な伝統的支配・・・神による統治ってやつです。
なんだか、ちょっと考えが支離滅裂に自分でも思えるが・・・なんと整理してよいやら?そのうち、カッコいい言葉で述べられるかもしれないけど、まあ、こんな感じかな?
皇室と幕府の関係・・・立憲君主制・・・皇室は形式的統治者、実質的な統治者は幕府・・・将軍=武家の棟梁・・・投票権を持つのは大名、大名による多数決というか、多数の支持によって棟梁が選出される・・・これって、米国の大統領選挙人による大統領選挙と変わらんじゃん・・・ちょっと、飛躍?ってね。
でも・・・アメリカの独立宣言の文言・・・「われわれは、以下の事実を自明のことと信じる。すなわち、すべての人間は生まれながらにして平等で あり、その創造主によって、生命、自由、および幸福の追求を含む不可侵の権利を与えられているという こと」
たしか・・・こんな類の文言・・・神とか造物主という抽象的な概念を基本とする・・・これって・・・天皇制と変わらんじゃん?って・・・日本だと、この世の中に現人神と考えられる象徴的な人物を置いて説明します・・・だから、天皇を本気で神の位置まで高めると、大日本帝国憲法は民主的な憲法と言え、私は・・・日本人として問題なく暮らす事ができるのですが・・・ってなるわけなのです。
私の悪い癖・・・独立宣言書をちょいといじってみます・・・
人類の歴史において、ある国民が、他の国民とを結び付けてきた政治的なきずなを断ち切り、世界の諸 国家の間で、自然の法と大御心によって与えられる独立平等の地位を占めることが必要となったとき、全世界の人々の意見を真摯に尊重するならば、その国の人々は自分たちが分離せざるを得なくなった理由 について公に明言すべきであろう。
われわれは、以下の事実を自明のことと信じる。すなわち、すべての人間は生まれながらにして平等で あり、その現人神である天皇を通じて、生命、自由、および幸福の追求を含む不可侵の権利を与えられているということ。こうした権利を確保するために、人々の間に政府が樹立され、政府は統治される者の合意に基づいて正当な権力を得る。そして、いかなる形態の政府であれ、政府がこれらの目的に反するようになったときには、人民には幕府を改造または廃止し、新たな政府を樹立し、人民の安全と幸福をもたらす可能性が 最も高いと思われる原理をその基盤とし、人民の安全と幸福をもたらす可能性が最も高いと思われる形の権力を組織する権利を有するということ、である。
もちろん、長年にわたり樹立されている幕府を軽々しい一時的な理由で改造すべきではないことは思慮分別が示す通りである。従って、あらゆる経験が示すように、人類は、慣れ親しんでいる形態を廃止することによって自らの状況を正すよりも、弊害が耐えられるものである限りは、耐えようとする傾向がある。しかし、権力の乱用と権利の侵害が、常に同じ目標に向けて長期にわたって続き、人民を絶対的な専制の下に置こうとする意図が明らかであるときには、そのような幕府を捨て去り、自らの将来の安全のために新たな保障の組織を作ることが、人民の権利であり義務である。これらの藩領が耐え忍んできた苦難は、まさにそうした事態であり、そして今、まさにその ような必要性によって、彼らはこれまでの幕府を変えることを迫られているのである。現在の徳川家の治世の歴史は、度重なる不正と権利侵害の歴史であり、そのすべてがこれらの諸藩に対する絶対専制の確立を直接の目的としている。このことを例証するために、以下の事実をあえて公正に判断する世界の人々に 向けて提示することとする。
所々、維新期の日本の用語に変えました・・・決して、独立宣言の精神をオチョクルわけではなく・・・人間の持つ普遍性を例示するために使ったので、私は独立宣言の精神を重んじ、心酔していますから・・・本気で・・・独立宣言(1776 年)
日本人は、天皇を統治から切り離して神としてきた・・・全ての日本社会のルールの法源は天皇・・・って言っちゃっても良いような?何しろ、日本の神道には教義がありませんから・・・天皇を世俗の領域に関与させることは・・・場合によっては神を私する行為と言えると思うので・・・そんな不敬な、神を利用して何かを実現させる手段って・・・あまり許せないのです。
神を使って何かをする・・・許されるのは、やはり公序良俗の増進のためだけでは?と思うわけです。アメリカ合衆国の独立宣言書は、創造主という抽象概念の力を借りて・・・これまた抽象概念の公序良俗を実現するための政府を作るための宣言書をこしらえているわけなんです。
徳川家を、北条氏にしても良いし・・・日本でも、独立宣言の精神と変わらぬ精神によって、政権が交代してきているといえるようなのでね。天皇が真に神であるなら、大日本帝国憲法も民主的な憲法であるわけです。政治家が国民の代表である国会を通じて、法を停止させ、やりたい放題をしないという前提があればね。
軍を積極的に持とうとする・・・軍は何と言おうと、殺人集団ですから・・・殺人を好む人がいるか?隣の人が気になって、毎日皆殺しの計画と、そのための訓練を行う家庭があるのか?
残念ながら、隣の国が気になって、毎日皆殺しの計画と、そのための訓練を行う・・・防衛と称して、軍というのはそういったものなのです。
殺人が許される場合がありますね・・・公共の福祉とか公序良俗に著しく反する場合・・・戦争で何故人が殺せるのか?その国にとっての正義しか考えないから・・・戦争相手国の兵士は人間ではないから・・・殺しても良い・・・自らの生存をかけているから?正義である・・・共存共栄はもとよりない・・・だから兵士を殺しまくれば・・・英雄になれる・・・
とは言うものの・・・どうやら、戦前の日本人と私は皇室や、国というものに対して違った考え方をしているようなのです。日本人というのは、どうやら・・・紀元二千六百年の奉祝の頃は・・・ 近代デジタルライブラリー - 三大神勅奉戴運動 原理日本精神 の中に示されるように・・・11コマ・・・「明治維新以後今日迄の教育は、知育、徳育、体育の三育に亘り、良き人、良き市民、良き人類を作る教育としては相当に力と尽して来るも、悲しい哉、良き日本人を作るといふ教育に欠けている。故に折角御国の為めになる様にと、国の財を消し、凡有る力を費やし時間を費やして教育したところのの人々が却って日本人離れのした人間となり、偶々此の惟神の大道に迷ふものあるを以て、諸々の新にして奇なる主義、思想、信仰、道徳等に雷同し遂に邪道に入り邪教に禍ひされ、更に一歩を進むれは日本に反し、日本の肇国の皇謨に敵対し、あまつさへ我が皇室中心主義に弓を引くが如き者の生れるに至った事は至極寒心に堪へざる処なり。然し日本人たるの道は今日からでも遅くはない。否むしろこの世界歴史空前の大事と意義ある紀元二千六百年の奉祝に直面して、是が非でも租神ならびに子孫の希求する所謂文字通り天壌無窮の日本人としての軌道に乗せざるべからず。」 なのです・・・私が考える良き日本人・・・国際人としての良き日本人・・・しかし、ここで述べられる日本人だと、確かに私は・・・諸々の新にして奇なる主義、思想、信仰、道徳等に雷同し遂に邪道に入り邪教に禍ひされ、更に一歩を進むれは日本に反し、日本の肇国の皇謨に敵対し、あまつさへ我が皇室中心主義に弓を引く・・・者と目されるのかと・・・思うわけです。
良き日本人か・・・もし、日本が世界征服を成し遂げて、世界首都東京となって、大日本帝国憲法を世界に適用していたら?皇民化教育が完了したら?しかし、それでも・・・天皇は日本人だけのために存在し続けるのだと考えるのでは?と思うわけです。
なんとなく、私は大日本帝国憲法下で生きられるが、「国民の憲法」下では生きられないかもしれないと思う理由がわかった気がします。どうやら・・・求められているのは・・・世界の日本人ではなく、日本人の世界なのだということのようです。
どうやら、根本が違うので・・・ある意味、相容れないものです・・・よって、私は黙ることにします。再び戦争の惨禍がやってこないことを祈って・・・
分からぬ? 近代デジタルライブラリー - 国体論及び純正社会主義 なんで北一輝は戦前の右翼思想の大物なのか?読めば読むほど分からなくなる・・・
どうも、我が国では、法秩序より、伝統的支配に基づく秩序を好むのかもしれません・・・って前回の書きだし・・・ちょっと、違うな・・・というより、そこへ回帰してしまうというのが正しいような?
基本は伝統的な支配とは別に、民主社会が古くから成立・・・漠然とした民意=公序良俗による支配が基本で形式的な伝統的支配が看板として存在する・・・形式的な伝統的支配・・・神による統治ってやつです。
なんだか、ちょっと考えが支離滅裂に自分でも思えるが・・・なんと整理してよいやら?そのうち、カッコいい言葉で述べられるかもしれないけど、まあ、こんな感じかな?
皇室と幕府の関係・・・立憲君主制・・・皇室は形式的統治者、実質的な統治者は幕府・・・将軍=武家の棟梁・・・投票権を持つのは大名、大名による多数決というか、多数の支持によって棟梁が選出される・・・これって、米国の大統領選挙人による大統領選挙と変わらんじゃん・・・ちょっと、飛躍?ってね。
でも・・・アメリカの独立宣言の文言・・・「われわれは、以下の事実を自明のことと信じる。すなわち、すべての人間は生まれながらにして平等で あり、その創造主によって、生命、自由、および幸福の追求を含む不可侵の権利を与えられているという こと」
たしか・・・こんな類の文言・・・神とか造物主という抽象的な概念を基本とする・・・これって・・・天皇制と変わらんじゃん?って・・・日本だと、この世の中に現人神と考えられる象徴的な人物を置いて説明します・・・だから、天皇を本気で神の位置まで高めると、大日本帝国憲法は民主的な憲法と言え、私は・・・日本人として問題なく暮らす事ができるのですが・・・ってなるわけなのです。
私の悪い癖・・・独立宣言書をちょいといじってみます・・・
人類の歴史において、ある国民が、他の国民とを結び付けてきた政治的なきずなを断ち切り、世界の諸 国家の間で、自然の法と大御心によって与えられる独立平等の地位を占めることが必要となったとき、全世界の人々の意見を真摯に尊重するならば、その国の人々は自分たちが分離せざるを得なくなった理由 について公に明言すべきであろう。
われわれは、以下の事実を自明のことと信じる。すなわち、すべての人間は生まれながらにして平等で あり、その現人神である天皇を通じて、生命、自由、および幸福の追求を含む不可侵の権利を与えられているということ。こうした権利を確保するために、人々の間に政府が樹立され、政府は統治される者の合意に基づいて正当な権力を得る。そして、いかなる形態の政府であれ、政府がこれらの目的に反するようになったときには、人民には幕府を改造または廃止し、新たな政府を樹立し、人民の安全と幸福をもたらす可能性が 最も高いと思われる原理をその基盤とし、人民の安全と幸福をもたらす可能性が最も高いと思われる形の権力を組織する権利を有するということ、である。
もちろん、長年にわたり樹立されている幕府を軽々しい一時的な理由で改造すべきではないことは思慮分別が示す通りである。従って、あらゆる経験が示すように、人類は、慣れ親しんでいる形態を廃止することによって自らの状況を正すよりも、弊害が耐えられるものである限りは、耐えようとする傾向がある。しかし、権力の乱用と権利の侵害が、常に同じ目標に向けて長期にわたって続き、人民を絶対的な専制の下に置こうとする意図が明らかであるときには、そのような幕府を捨て去り、自らの将来の安全のために新たな保障の組織を作ることが、人民の権利であり義務である。これらの藩領が耐え忍んできた苦難は、まさにそうした事態であり、そして今、まさにその ような必要性によって、彼らはこれまでの幕府を変えることを迫られているのである。現在の徳川家の治世の歴史は、度重なる不正と権利侵害の歴史であり、そのすべてがこれらの諸藩に対する絶対専制の確立を直接の目的としている。このことを例証するために、以下の事実をあえて公正に判断する世界の人々に 向けて提示することとする。
所々、維新期の日本の用語に変えました・・・決して、独立宣言の精神をオチョクルわけではなく・・・人間の持つ普遍性を例示するために使ったので、私は独立宣言の精神を重んじ、心酔していますから・・・本気で・・・独立宣言(1776 年)
日本人は、天皇を統治から切り離して神としてきた・・・全ての日本社会のルールの法源は天皇・・・って言っちゃっても良いような?何しろ、日本の神道には教義がありませんから・・・天皇を世俗の領域に関与させることは・・・場合によっては神を私する行為と言えると思うので・・・そんな不敬な、神を利用して何かを実現させる手段って・・・あまり許せないのです。
神を使って何かをする・・・許されるのは、やはり公序良俗の増進のためだけでは?と思うわけです。アメリカ合衆国の独立宣言書は、創造主という抽象概念の力を借りて・・・これまた抽象概念の公序良俗を実現するための政府を作るための宣言書をこしらえているわけなんです。
徳川家を、北条氏にしても良いし・・・日本でも、独立宣言の精神と変わらぬ精神によって、政権が交代してきているといえるようなのでね。天皇が真に神であるなら、大日本帝国憲法も民主的な憲法であるわけです。政治家が国民の代表である国会を通じて、法を停止させ、やりたい放題をしないという前提があればね。
軍を積極的に持とうとする・・・軍は何と言おうと、殺人集団ですから・・・殺人を好む人がいるか?隣の人が気になって、毎日皆殺しの計画と、そのための訓練を行う家庭があるのか?
残念ながら、隣の国が気になって、毎日皆殺しの計画と、そのための訓練を行う・・・防衛と称して、軍というのはそういったものなのです。
殺人が許される場合がありますね・・・公共の福祉とか公序良俗に著しく反する場合・・・戦争で何故人が殺せるのか?その国にとっての正義しか考えないから・・・戦争相手国の兵士は人間ではないから・・・殺しても良い・・・自らの生存をかけているから?正義である・・・共存共栄はもとよりない・・・だから兵士を殺しまくれば・・・英雄になれる・・・
とは言うものの・・・どうやら、戦前の日本人と私は皇室や、国というものに対して違った考え方をしているようなのです。日本人というのは、どうやら・・・紀元二千六百年の奉祝の頃は・・・ 近代デジタルライブラリー - 三大神勅奉戴運動 原理日本精神 の中に示されるように・・・11コマ・・・「明治維新以後今日迄の教育は、知育、徳育、体育の三育に亘り、良き人、良き市民、良き人類を作る教育としては相当に力と尽して来るも、悲しい哉、良き日本人を作るといふ教育に欠けている。故に折角御国の為めになる様にと、国の財を消し、凡有る力を費やし時間を費やして教育したところのの人々が却って日本人離れのした人間となり、偶々此の惟神の大道に迷ふものあるを以て、諸々の新にして奇なる主義、思想、信仰、道徳等に雷同し遂に邪道に入り邪教に禍ひされ、更に一歩を進むれは日本に反し、日本の肇国の皇謨に敵対し、あまつさへ我が皇室中心主義に弓を引くが如き者の生れるに至った事は至極寒心に堪へざる処なり。然し日本人たるの道は今日からでも遅くはない。否むしろこの世界歴史空前の大事と意義ある紀元二千六百年の奉祝に直面して、是が非でも租神ならびに子孫の希求する所謂文字通り天壌無窮の日本人としての軌道に乗せざるべからず。」 なのです・・・私が考える良き日本人・・・国際人としての良き日本人・・・しかし、ここで述べられる日本人だと、確かに私は・・・諸々の新にして奇なる主義、思想、信仰、道徳等に雷同し遂に邪道に入り邪教に禍ひされ、更に一歩を進むれは日本に反し、日本の肇国の皇謨に敵対し、あまつさへ我が皇室中心主義に弓を引く・・・者と目されるのかと・・・思うわけです。
良き日本人か・・・もし、日本が世界征服を成し遂げて、世界首都東京となって、大日本帝国憲法を世界に適用していたら?皇民化教育が完了したら?しかし、それでも・・・天皇は日本人だけのために存在し続けるのだと考えるのでは?と思うわけです。
なんとなく、私は大日本帝国憲法下で生きられるが、「国民の憲法」下では生きられないかもしれないと思う理由がわかった気がします。どうやら・・・求められているのは・・・世界の日本人ではなく、日本人の世界なのだということのようです。
どうやら、根本が違うので・・・ある意味、相容れないものです・・・よって、私は黙ることにします。再び戦争の惨禍がやってこないことを祈って・・・
分からぬ? 近代デジタルライブラリー - 国体論及び純正社会主義 なんで北一輝は戦前の右翼思想の大物なのか?読めば読むほど分からなくなる・・・
日本の秩序って・・・?
どうも、我が国では、法秩序より、伝統的支配に基づく秩序を好むのかもしれません、それでいて、上からの革命を好む性質があるのではないかと思います。理由は・・・私の嫌いな長寿番組があるからです。水戸黄門とそれに派生するやつですね。基本的には、どちらも似たようなものです。
舞台となるのは封建制社会の身分秩序の中、お上の上級管理職の目の届かない所で、小役人と悪徳商人が結託して、下々を困らせる秩序を長々と運用する・・・これに対して、上級管理職が救いの手を差し伸べるとかですね。
弱きを助け、強きをくじく・・・封建的な社会秩序の中で・・・上級管理職たちは立派で、ただ目が届かない所で悪い秩序が横行する、しかし、下々の物は何も手を出せないので、上級管理職の動くことを願う・・・
または、職業的な義賊の類が・・・必殺シリーズの類・・・正義を超法規的行動によって為す・・・民衆が主体となって、生活改善のために結束して立ち上がるというストーリーはほとんどないわけです。
まあ、探せば・・・七人の侍あたりですかね?とりあえず、民衆が武装集団を雇うことによって話が始まりますから・・・武装集団が村を助けるというボランティア型ではありませんからね。椿三十郎は民衆の漏らす不満から立ち上がるボランティア型だな・・・血の収穫につながる用心棒も・・・黒沢映画って、その手法より、ストーリーの中にある自由や権利意識が海外で共感を持たれたのではないかと・・・日本では映像手法が強く語られるが・・・シェーンやアラモとか・・・西部劇によくある形・・・黒沢映画のチャンバラ物は和風西部劇なのかもしれませんが・・・
とにかく・・・水戸黄門的なストーリーだと・・・あ、水戸黄門の名乗りは・・・先の中納言水戸光圀公ですね。そりゃ、黄門・・・禁中の門は黄色で、中納言はここに侍るので・・・貴族系の立場としてるのか? 隠居してるから、幕府系を名乗りにくい・・・しかし、先の中納言ではなく、現役の権中納言だったんじゃなかったかな・・・返納したか?死後・・・権大納言が遺贈された・・・
世直しは、尊いお方か、稀人が行うことになっていますね。
どうやら、議会制民主主義がうまく動かないのなら・・・革命が醸成されている可能性が・・・共産主義革命ではなく、王政復古・・・だな。なんってね・・・
政体の変化など大したことはないので良いのですが・・・それより気になるのは、株式市場です。日経平均は1万円割れから、いつの間にか1万5千円をうかがうかの勢いですから・・・なんでそんな資金量がある?円安による為替の影響だけとは思えない・・・4月末は・・・日経平均が下がってTOPIXが上がっていたような?気のせいか?日銀が金を垂れ流し状態にしているとか?まさかね・・・それとも、資金サイクルを高速化し、目にもとまらぬ速さで動かし、見かけの資金量が増えているのか?それとも、個人投資家が、貯金を切り崩して株式市場に金を注ぎ込んでいるのか?それとも、円が安くなっても円を買わずに、円を売ってまで株を買っているか?
なんだか、様子がおかしいような?・・・たとえば、老人世帯で年金で生活できていて、貯金が2000万ほどあったら?今の状況なら・・・株式投資をしてもおかしくない・・・預貯金金利なんって・・・雀の涙もないから・・・市中の通貨量が増せば・・・お金の価値が下がる・・・企業の価値は変わらないから株が上がり、物の価値も変わらないから物価が上がる、物価が上がると、企業は原材料費・エネルギー費用が増加、円安で売り上げが伸びても・・・高付加価値商品でなければあまり大きな利益は上がらない・・・賃上げを渋る・・・
それで・・・安倍晋三首相は7日午後の参議院予算委員会で、アベノミクスのリスクについて、賃金より先に物価が上がる可能性が高いと指摘、経済界に労働者への分配をできるだけ早くしていただきたいとお願いしていると語った。
また、思い切った財政政策を行っているので、財政への信認が極めて重要だとし、「日銀も、そういう中で市場 参加者との間で市場取引全般について密接な意見交換の場などを設けるとしており、適切に対応していただきたいと期待している」と語った。
円安で貿易収支が赤字となっていることについては「円安に加え、原発が停止しているので液化天然ガス(LNG)や原油輸入の支払いが増え、貿易赤字が増えている状況にある」との認識を示した上で、「円安効果による輸出増(が実現するに)は少し時差がある。これ(円安)によるプラスは半年後から出てくると予想されている」と指摘。「内閣府の調査によると、半年から1年後にはむしろその結果でプラスに転じる。貿易収支も黒字になっていく。再来年はこの傾向を維持すれば、貿易収支も大きく黒字になっていくとみている」と述べた。
まさか、預貯金高が減少している?さらに、銀行は日銀から借り入れをしている?それとも、個人投資家が・・・有り金+信用取引をやってる?ネットで簡単に株取引ができるから・・・株屋の株も上がってる・・・円安が続いて、株高が続くのであれば・・・それは、円が紙屑になることを意味するのか?国債を持っていたら、国債を担保にして、株式投資が正解か?
どうやら・・・日本の総預貯金高が1500兆円ほどあるらしいから・・・これが市中に流出したら・・・現金通貨は700兆円ぐらいだから・・・2割も流出したら大変じゃん・・・近頃は株屋と銀行はオンラインでつながっているから、現金ではなく数字の移動で終わりだから・・・現金通貨量でコントロールは困難では?小まめに利益確定して、再投資を繰り返して、保有株を多くすると良いのか?本社が日本にあるが、事実上は多国籍企業になっていて、急激な円安でもつぶれない会社ってやつか・・・
なんだか、戦時経済の裏返しのような・・・写真週報113号に興味深い記事があります。ざっと打ち込んでみましたが・・・
支那事変が始まってからの軍事費は、今年度の予算を加えると百六十四億五千五百万円になります。これを十円札で積み重ねるとと富士山の高さの三十三倍になります。またこれを縦に並べますと千島の北から台湾までの長さの二十六倍になり、横に並べると地球の赤道を六回近くも巻ける勘定になるのです。このように戦争というものは莫大なお金が要るのです。その資金はどんな風に調達されるかといえば、まず政府は日本銀行引き受けという形で公債を発行して戦費を賄います。日本銀行引き受けというのは、政府が直接公債を売り出すのではなくて、公債を日本銀行に渡してお金を借りるのです。そして日本銀行にその公債を売ってもらうのですが、政府が借り入れたお金は軍需品等の代金として支払われるのです。するとこのお金はさらに品物の原材料代や賃金、運賃、利益などにそれぞれ分けられて国民の懐の中に流れ込む仕組みになっています。
こうして政府から民間にばらまかれたお金は昨十四年中だけで、五十三億円余りもあるのですから、民間に巨額の資金が流れ込んでいるわけです。これをそのまま放っておいたのでは、いわゆる悪性インフレとなりますから、いろいろ対策を講ずる必要があるのです。
一体戦争というものは非常に多くの軍需品を必要としますから直接飛行機や弾丸などの軍需品を作る力を増す必要のある事は言うまでもありません。そのほか軍需品製造の機械を造る工場も殖やさなければなりませんし、それらの機械を動かす電力や石炭も余計に要るし、また輸出に必要な設備もしなければなりません。このように戦争というものは軍備と生産力の充実を必要とするものですが、今の我が国としては、尚その上に大陸の開発という重大な任務を持っているのです。
これらの必要を満たすには沢山の物がいるわけです。所がこの必要なものは無限にあるわけではなく、ましてや欧州戦争となってからは益々必要物資の入手に困難を来していますから、どうしてもあるだけの物で間に合わせてゆかなければならぬことになり、勢い使い方を減らして需要と供給とを甘く適合させるというわけです。
しかし前に述べた通りお金は相当巨額のものが既に民間にばらまかれています。国民がお金のあることを幸いに、衣類が不足がちだと聞けばすぐに要りもしない着物や洋服を作ったり、砂糖だ墨だと次から次と買いだめに狂奔するようでは、必要なだけの物があっても不足するのは当然です。この勢いが益々激しくなると、悪性のインフレーションとなって、物価は大暴騰を演じて、政府はもとより、一般の人々も予定した通りの物が得られないことになるのです。これでは新東亜建設の大目的が達せられませんから、極力この悪性インフレーションを防ぐ対策を講じなければなりません。
この対策は、まず物を増やす事で、政府もなるべく多くの物が作り出せるように物価の決め方について、そのものを作りだすのに相当の利益が得られるような適正価格を決めることになっているのです。しかし、戦時下で物の不足するのは当然のことで、この不足分に不平を言うことは戦争に負けても良いというのと同じです。私たちは十分慎まなければならない所です。その反面お金の方が相変わらずの巨額が毎年出されると、これもまた悪性のインフレの危険がありますから、お金の方面からも対策が必要となるのです。
物の供給が一定でもお金の供給が増すと物価はどんどん騰がります。これを防ぐにはお金の供給を減らさなければなりませんが、現在の我が国は未曾有の戦争をしているのですから、軍備の充実も生産力の充実も、また大陸の開発も、今後益々重要になってくるので政府の予算を減らす事は、あまり多くを望めないのです。それでも政府は本年度の予算の内から少しでも節約して支払うお金をなるべく少なくしようと努めていますが、この節約にも限度があって、必要なだけはどうしても出さなければなりません。そこで次に考えられることは、税収入を殖やして、余計に散布されるお金を減らす事です。しかし、五億や六億円程度の増税では、毎年五十億も六十億円も発行しようという場合には到底追いつきませんから、さらにこれ以外の方法で悪性インフレを防がなければならないのです。それには結局貯蓄によるほかはないのです。
それでは、どれくらいの貯蓄をしたらよいかと申しますと、今年度つまりこの四月から来年の三月までに百二十億円を貯蓄しようというのです。昨年度の貯蓄目標は百億円だったことはご承知の通りですが、その成績は二月末現在で九十五億三千万円の好成績を示していまして、三月末には目標の百億円を突破していると思われます。今年はなぜ百二十億円を目標にしたかと申しますと、公債を書化するために六十億円、生産力拡充や大陸の開発のために四十億円、そのほか一般に浮動している資金を吸収するために二十億円、合わせて百二十億円の貯蓄をしてもらいたいということになっています。
では、どうして貯蓄が公債の消化や生産力の拡充などに役立つかと言えば、まず政府から沢山のお金が払いだされると、前にも述べたようにこのお金は原料代や給料などに分けられて散り散りになります。この散り散りになったお金は家賃とか米代などの生活必需品や娯楽費に分けられて点々とします。この転々としたお金は廻りまわって結局は貯金となったり、株式や社債の払込金となるのです。
ところが貯金を預かった銀行や郵便局では、その利息を払うのですから、そのためには別の方面にその資金を利用しなければなりません。しかしお金を貸すにも今の時局に必要でない産業に貸す事は法律で許されませんから、勢い当面の時局に必要な産業へ融通するか、公債へ投資するようになります。そこで公債に投資するには日本銀行から買うことになりますから、日本銀行から出たお金は再び日本銀行へ戻ってくるわけで、貯蓄が多くなればそれだけ公債の売れる割合が多くなるというものです。
では今年の公債消化の成績はどうでしょう。一月から四月の十五日までの発行高十三億六千五百万円に対して、その消化額は十二億四千九百万円となっていて、九十一パーセント五の消化率です。満点とまでいきませんが、まず良好の成績といえましょう。しかしここでぜひ注意していただきたいのは「お金は廻りまわっているうちに結局どこかに溜まるのだし、使う金も僅かだから自分ひとりくらいは貯金しなくても良いだろうと」いうことです。わずか1円のお金でも十遍使われると十円の物を買ったのと同じことになるのでですから、たとえわずかなお金でも世間に出さないで貯めていく心掛けは戦時下の国民として当然持っていなければなりません。百二十億円といえば、老人も子供も全部含めて一人当たり百二十円の貯蓄を来年の三月までにしなければならないのですから、生易しい努力では成し遂げがたいことですが、この目標だけはどんな苦労をしても達しなければ、新東亜建設の大業は達成されないばかりでなく、複雑な世界情勢に対処して行けませんから、このことを良く自覚して百二十億円貯蓄の目標を達したいものです。
案外、いま円安、株高の原因は、こいつではないかと思うわけです。預貯金から流出した金が、恐ろしい速度で駆け巡り、額面の何倍もの見せかけを作っている・・・とまった瞬間・・・信用買いしている人は・・・負債を抱え、貸した人は未収・・・沢山の人が首をくくる・・・その上、円は紙屑に近くなり、預貯金は・・・価値なし・・・物価上昇に追い付く賃金増はなく・・・赤貧洗うがごとし・・・日本経済は沈没・・・じゃないだろうな?これが、最悪のシナリオ・・・そして、改憲の気運と、改憲・・・独裁の開始・・・市場獲得のために・・・さあ、皆で戦争だ!じゃないでしょうね?こんな未来は嫌だが・・・しかし、それが昔あって・・・今も、経済部ブロックが・・・それとは分からないような形で作られていますから・・・大差ないと考えても良いような気がするのです。何しろ、流通している現物通貨が・・・700兆円、預貯金が1500兆円、1割が流失したら・・・日銀は有効な経済政策を打って、経済をコントロールできるのか?現物通貨なしで、株式市場などは・・現在、拡張の一途をたどっている・・・これが、実体経済に波及したら?・・・物価は1.3から1.5倍、株価は・・・日経平均23000円程度になるでしょう・・・私のいい加減な試算ですが・・・そのとき何が起こるか?ってね。推測はできます、対策も考えていますが、あまりに速いと・・・どうしたものやら?
まあ、穴に潜って嵐を避けるしかないでしょう・・・
どうも、我が国では、法秩序より、伝統的支配に基づく秩序を好むのかもしれません、それでいて、上からの革命を好む性質があるのではないかと思います。理由は・・・私の嫌いな長寿番組があるからです。水戸黄門とそれに派生するやつですね。基本的には、どちらも似たようなものです。
舞台となるのは封建制社会の身分秩序の中、お上の上級管理職の目の届かない所で、小役人と悪徳商人が結託して、下々を困らせる秩序を長々と運用する・・・これに対して、上級管理職が救いの手を差し伸べるとかですね。
弱きを助け、強きをくじく・・・封建的な社会秩序の中で・・・上級管理職たちは立派で、ただ目が届かない所で悪い秩序が横行する、しかし、下々の物は何も手を出せないので、上級管理職の動くことを願う・・・
または、職業的な義賊の類が・・・必殺シリーズの類・・・正義を超法規的行動によって為す・・・民衆が主体となって、生活改善のために結束して立ち上がるというストーリーはほとんどないわけです。
まあ、探せば・・・七人の侍あたりですかね?とりあえず、民衆が武装集団を雇うことによって話が始まりますから・・・武装集団が村を助けるというボランティア型ではありませんからね。椿三十郎は民衆の漏らす不満から立ち上がるボランティア型だな・・・血の収穫につながる用心棒も・・・黒沢映画って、その手法より、ストーリーの中にある自由や権利意識が海外で共感を持たれたのではないかと・・・日本では映像手法が強く語られるが・・・シェーンやアラモとか・・・西部劇によくある形・・・黒沢映画のチャンバラ物は和風西部劇なのかもしれませんが・・・
とにかく・・・水戸黄門的なストーリーだと・・・あ、水戸黄門の名乗りは・・・先の中納言水戸光圀公ですね。そりゃ、黄門・・・禁中の門は黄色で、中納言はここに侍るので・・・貴族系の立場としてるのか? 隠居してるから、幕府系を名乗りにくい・・・しかし、先の中納言ではなく、現役の権中納言だったんじゃなかったかな・・・返納したか?死後・・・権大納言が遺贈された・・・
世直しは、尊いお方か、稀人が行うことになっていますね。
どうやら、議会制民主主義がうまく動かないのなら・・・革命が醸成されている可能性が・・・共産主義革命ではなく、王政復古・・・だな。なんってね・・・
政体の変化など大したことはないので良いのですが・・・それより気になるのは、株式市場です。日経平均は1万円割れから、いつの間にか1万5千円をうかがうかの勢いですから・・・なんでそんな資金量がある?円安による為替の影響だけとは思えない・・・4月末は・・・日経平均が下がってTOPIXが上がっていたような?気のせいか?日銀が金を垂れ流し状態にしているとか?まさかね・・・それとも、資金サイクルを高速化し、目にもとまらぬ速さで動かし、見かけの資金量が増えているのか?それとも、個人投資家が、貯金を切り崩して株式市場に金を注ぎ込んでいるのか?それとも、円が安くなっても円を買わずに、円を売ってまで株を買っているか?
なんだか、様子がおかしいような?・・・たとえば、老人世帯で年金で生活できていて、貯金が2000万ほどあったら?今の状況なら・・・株式投資をしてもおかしくない・・・預貯金金利なんって・・・雀の涙もないから・・・市中の通貨量が増せば・・・お金の価値が下がる・・・企業の価値は変わらないから株が上がり、物の価値も変わらないから物価が上がる、物価が上がると、企業は原材料費・エネルギー費用が増加、円安で売り上げが伸びても・・・高付加価値商品でなければあまり大きな利益は上がらない・・・賃上げを渋る・・・
それで・・・安倍晋三首相は7日午後の参議院予算委員会で、アベノミクスのリスクについて、賃金より先に物価が上がる可能性が高いと指摘、経済界に労働者への分配をできるだけ早くしていただきたいとお願いしていると語った。
また、思い切った財政政策を行っているので、財政への信認が極めて重要だとし、「日銀も、そういう中で市場 参加者との間で市場取引全般について密接な意見交換の場などを設けるとしており、適切に対応していただきたいと期待している」と語った。
円安で貿易収支が赤字となっていることについては「円安に加え、原発が停止しているので液化天然ガス(LNG)や原油輸入の支払いが増え、貿易赤字が増えている状況にある」との認識を示した上で、「円安効果による輸出増(が実現するに)は少し時差がある。これ(円安)によるプラスは半年後から出てくると予想されている」と指摘。「内閣府の調査によると、半年から1年後にはむしろその結果でプラスに転じる。貿易収支も黒字になっていく。再来年はこの傾向を維持すれば、貿易収支も大きく黒字になっていくとみている」と述べた。
まさか、預貯金高が減少している?さらに、銀行は日銀から借り入れをしている?それとも、個人投資家が・・・有り金+信用取引をやってる?ネットで簡単に株取引ができるから・・・株屋の株も上がってる・・・円安が続いて、株高が続くのであれば・・・それは、円が紙屑になることを意味するのか?国債を持っていたら、国債を担保にして、株式投資が正解か?
どうやら・・・日本の総預貯金高が1500兆円ほどあるらしいから・・・これが市中に流出したら・・・現金通貨は700兆円ぐらいだから・・・2割も流出したら大変じゃん・・・近頃は株屋と銀行はオンラインでつながっているから、現金ではなく数字の移動で終わりだから・・・現金通貨量でコントロールは困難では?小まめに利益確定して、再投資を繰り返して、保有株を多くすると良いのか?本社が日本にあるが、事実上は多国籍企業になっていて、急激な円安でもつぶれない会社ってやつか・・・
なんだか、戦時経済の裏返しのような・・・写真週報113号に興味深い記事があります。ざっと打ち込んでみましたが・・・
支那事変が始まってからの軍事費は、今年度の予算を加えると百六十四億五千五百万円になります。これを十円札で積み重ねるとと富士山の高さの三十三倍になります。またこれを縦に並べますと千島の北から台湾までの長さの二十六倍になり、横に並べると地球の赤道を六回近くも巻ける勘定になるのです。このように戦争というものは莫大なお金が要るのです。その資金はどんな風に調達されるかといえば、まず政府は日本銀行引き受けという形で公債を発行して戦費を賄います。日本銀行引き受けというのは、政府が直接公債を売り出すのではなくて、公債を日本銀行に渡してお金を借りるのです。そして日本銀行にその公債を売ってもらうのですが、政府が借り入れたお金は軍需品等の代金として支払われるのです。するとこのお金はさらに品物の原材料代や賃金、運賃、利益などにそれぞれ分けられて国民の懐の中に流れ込む仕組みになっています。
こうして政府から民間にばらまかれたお金は昨十四年中だけで、五十三億円余りもあるのですから、民間に巨額の資金が流れ込んでいるわけです。これをそのまま放っておいたのでは、いわゆる悪性インフレとなりますから、いろいろ対策を講ずる必要があるのです。
一体戦争というものは非常に多くの軍需品を必要としますから直接飛行機や弾丸などの軍需品を作る力を増す必要のある事は言うまでもありません。そのほか軍需品製造の機械を造る工場も殖やさなければなりませんし、それらの機械を動かす電力や石炭も余計に要るし、また輸出に必要な設備もしなければなりません。このように戦争というものは軍備と生産力の充実を必要とするものですが、今の我が国としては、尚その上に大陸の開発という重大な任務を持っているのです。
これらの必要を満たすには沢山の物がいるわけです。所がこの必要なものは無限にあるわけではなく、ましてや欧州戦争となってからは益々必要物資の入手に困難を来していますから、どうしてもあるだけの物で間に合わせてゆかなければならぬことになり、勢い使い方を減らして需要と供給とを甘く適合させるというわけです。
しかし前に述べた通りお金は相当巨額のものが既に民間にばらまかれています。国民がお金のあることを幸いに、衣類が不足がちだと聞けばすぐに要りもしない着物や洋服を作ったり、砂糖だ墨だと次から次と買いだめに狂奔するようでは、必要なだけの物があっても不足するのは当然です。この勢いが益々激しくなると、悪性のインフレーションとなって、物価は大暴騰を演じて、政府はもとより、一般の人々も予定した通りの物が得られないことになるのです。これでは新東亜建設の大目的が達せられませんから、極力この悪性インフレーションを防ぐ対策を講じなければなりません。
この対策は、まず物を増やす事で、政府もなるべく多くの物が作り出せるように物価の決め方について、そのものを作りだすのに相当の利益が得られるような適正価格を決めることになっているのです。しかし、戦時下で物の不足するのは当然のことで、この不足分に不平を言うことは戦争に負けても良いというのと同じです。私たちは十分慎まなければならない所です。その反面お金の方が相変わらずの巨額が毎年出されると、これもまた悪性のインフレの危険がありますから、お金の方面からも対策が必要となるのです。
物の供給が一定でもお金の供給が増すと物価はどんどん騰がります。これを防ぐにはお金の供給を減らさなければなりませんが、現在の我が国は未曾有の戦争をしているのですから、軍備の充実も生産力の充実も、また大陸の開発も、今後益々重要になってくるので政府の予算を減らす事は、あまり多くを望めないのです。それでも政府は本年度の予算の内から少しでも節約して支払うお金をなるべく少なくしようと努めていますが、この節約にも限度があって、必要なだけはどうしても出さなければなりません。そこで次に考えられることは、税収入を殖やして、余計に散布されるお金を減らす事です。しかし、五億や六億円程度の増税では、毎年五十億も六十億円も発行しようという場合には到底追いつきませんから、さらにこれ以外の方法で悪性インフレを防がなければならないのです。それには結局貯蓄によるほかはないのです。
それでは、どれくらいの貯蓄をしたらよいかと申しますと、今年度つまりこの四月から来年の三月までに百二十億円を貯蓄しようというのです。昨年度の貯蓄目標は百億円だったことはご承知の通りですが、その成績は二月末現在で九十五億三千万円の好成績を示していまして、三月末には目標の百億円を突破していると思われます。今年はなぜ百二十億円を目標にしたかと申しますと、公債を書化するために六十億円、生産力拡充や大陸の開発のために四十億円、そのほか一般に浮動している資金を吸収するために二十億円、合わせて百二十億円の貯蓄をしてもらいたいということになっています。
では、どうして貯蓄が公債の消化や生産力の拡充などに役立つかと言えば、まず政府から沢山のお金が払いだされると、前にも述べたようにこのお金は原料代や給料などに分けられて散り散りになります。この散り散りになったお金は家賃とか米代などの生活必需品や娯楽費に分けられて点々とします。この転々としたお金は廻りまわって結局は貯金となったり、株式や社債の払込金となるのです。
ところが貯金を預かった銀行や郵便局では、その利息を払うのですから、そのためには別の方面にその資金を利用しなければなりません。しかしお金を貸すにも今の時局に必要でない産業に貸す事は法律で許されませんから、勢い当面の時局に必要な産業へ融通するか、公債へ投資するようになります。そこで公債に投資するには日本銀行から買うことになりますから、日本銀行から出たお金は再び日本銀行へ戻ってくるわけで、貯蓄が多くなればそれだけ公債の売れる割合が多くなるというものです。
では今年の公債消化の成績はどうでしょう。一月から四月の十五日までの発行高十三億六千五百万円に対して、その消化額は十二億四千九百万円となっていて、九十一パーセント五の消化率です。満点とまでいきませんが、まず良好の成績といえましょう。しかしここでぜひ注意していただきたいのは「お金は廻りまわっているうちに結局どこかに溜まるのだし、使う金も僅かだから自分ひとりくらいは貯金しなくても良いだろうと」いうことです。わずか1円のお金でも十遍使われると十円の物を買ったのと同じことになるのでですから、たとえわずかなお金でも世間に出さないで貯めていく心掛けは戦時下の国民として当然持っていなければなりません。百二十億円といえば、老人も子供も全部含めて一人当たり百二十円の貯蓄を来年の三月までにしなければならないのですから、生易しい努力では成し遂げがたいことですが、この目標だけはどんな苦労をしても達しなければ、新東亜建設の大業は達成されないばかりでなく、複雑な世界情勢に対処して行けませんから、このことを良く自覚して百二十億円貯蓄の目標を達したいものです。
案外、いま円安、株高の原因は、こいつではないかと思うわけです。預貯金から流出した金が、恐ろしい速度で駆け巡り、額面の何倍もの見せかけを作っている・・・とまった瞬間・・・信用買いしている人は・・・負債を抱え、貸した人は未収・・・沢山の人が首をくくる・・・その上、円は紙屑に近くなり、預貯金は・・・価値なし・・・物価上昇に追い付く賃金増はなく・・・赤貧洗うがごとし・・・日本経済は沈没・・・じゃないだろうな?これが、最悪のシナリオ・・・そして、改憲の気運と、改憲・・・独裁の開始・・・市場獲得のために・・・さあ、皆で戦争だ!じゃないでしょうね?こんな未来は嫌だが・・・しかし、それが昔あって・・・今も、経済部ブロックが・・・それとは分からないような形で作られていますから・・・大差ないと考えても良いような気がするのです。何しろ、流通している現物通貨が・・・700兆円、預貯金が1500兆円、1割が流失したら・・・日銀は有効な経済政策を打って、経済をコントロールできるのか?現物通貨なしで、株式市場などは・・現在、拡張の一途をたどっている・・・これが、実体経済に波及したら?・・・物価は1.3から1.5倍、株価は・・・日経平均23000円程度になるでしょう・・・私のいい加減な試算ですが・・・そのとき何が起こるか?ってね。推測はできます、対策も考えていますが、あまりに速いと・・・どうしたものやら?
まあ、穴に潜って嵐を避けるしかないでしょう・・・
ナチスの目指した国家は・・・?
久々に、私の中の亡霊がよみがえってきたかもしれません・・・ナチス政権、その昔研究しましたね。どのように権力を奪取していくか?日本の現行憲法は、このナチが民主的な手段を通じて政権を奪取するプロセスを良く除いていると感じたものでね。
その昔、気付かなかったことが・・・今回、比較憲法のようなアプローチの中で気付いてきました・・・国連憲章も久しぶりに読んだし・・・人権がいかに大切なのか?人権を停止することが何につながるか・・・人権を停止しようとするものが何を望むのか?
何しろ、わが国にも、再びそういった時代が訪れそうな気配を感じてしまいましたから・・・確かに、自由や人権は空気のような希薄な、普段意識しない物なのかもしれませんが・・・大日本帝国憲法が定める臣下としての自由権でも、私は別に何不自由なく生活できたと思います・・・何しろ、日本人ですし、無産政党は支持しませんから・・・しかし、挙国一致内閣、翼賛政治、隣組による相互監視の中では馬脚を現しそうですから・・・欲しがりません勝つまでは!贅沢は敵だ!この非常時に!等で縛られるには・・・ちょっと、色々と工夫をしますからね。こういう状況下になると、他の人と何か違った事をすることは全て悪になってしまうので・・・
たとえば・・・砂糖の配給が止まり、甘いものが欲しくなったら?澱粉の糖化ですね・・・なんで奴は甘いものを食べてる?疑わしい・・・酒が飲みたい・・・密造酒ぐらい作れますから・・・この非常時にけしからん!俺にもよこせ・・・戦時下には皆が同じでなければならないのです。不正であっても・・・それが個人の独占でなく、その地区という範囲で行われ、他の地区から羨望の目で見られない程度に薄まっていればOK・・・これが、島国根性の基本では?その地区で共有していればOK・・・よそ者のやることは信じられないし、共有できるものではないから・・・出る杭は打たれる・・・
島国根性の島はある意味・・・やくざのシマと同じで、特定の権利義務関係で縛られた秩序だった範囲とでも言ったら良いかな?・・・その秩序=根性なのでしょう。
かつて、やくざ者と言われた者たちが、警察権も握っていたりして・・・平気で二足のわらじを・・・ってものがありました。天保水滸伝なども面白い読み物なのですが・・・東庄町: 天保水滸伝 笹川繁蔵 - Wikipedia 飯岡助五郎 - Wikipedia 近頃は忘れられつつあるのか?近代デジタルライブラリー - 新編天保水滸伝 講談の速記本ってのは、戦前の庶民の価値観を知る上での重要な史料のような・・・というのは言い過ぎかな・・・面白いので・・・そして、多くの人が感銘したから興行として成り立ったのですから・・・
おっと、天保水滸伝の話じゃなかった・・・
そう、非常時ってのが問題なんです。ナチは、国家の危機を捏造します・・・
まあ、その前に、世界恐慌とそれに続いた深刻な不況と失業率の急増に議会は対応できませんでした。そこで、ヒンデンブルク大統領は国民の不満を解消できない議会を重視せず、ワイマール共和国憲法第48条の大統領緊急令を乱発することで政局を乗り切ろうとします。
簡単に言えば、議会の議決なしに、さまざまなことを行う権利を手に入れて行きます。そりゃ、信任の厚いヒンデンブルク大統領ですから許されるわけです・・・ヒンデンブルクなら安心・・・こうなる理由は・・・大衆が議会制民主主義に失望しているからなのですね・・・ほら、伝統的支配の形が現れた・・・
「国民の憲法」ってのが現れた理由は・・・我が国の国民が、議会制民主主義について失望しつつある・・・いや、不信感を持ち始めたということなのでしょう。歴史は、ちゃんと色々なことを教えてくれるのです・・・
アベノミクス・・・しばらくその効果が続けば・・・大衆は、強力な指導者を求めるようになる・・・さあ、私の出番だって人が動き出すはずですね・・・キーワードは「伝統的支配」・・・社会が大きく変化するとき、変化を照らす光の届かない闇の中に、伝統的支配を望む者が蠢く・・・
多分、近頃の失業者の増加は・・・IT技術によるものでしょう・・・それから、重機の発達ですかね?近頃は、コンピュータ上で多くの事が一人の手で行われるようになってきましたから・・・多くの人が必要だった業務が・・・データベースによって管理されるようになって・・・私のいた会社でも・・・情報処理部の8人程度の仕事+外注していたものを、事実上、私一人でこなすようになっていった・・・重機オペレーターはどれだけの仕事がこなせるか・・・かつては、失業者の吸収先であった土木建設業が・・・人を必要としなくなりつつある・・・ユンボに装着するアタッチメントの数が増えると・・・人間の仕事が減る・・・
人型汎用ロボットが、知能指数60ぐらいでプログラム通りの作業をミリメートル精度で行うようになったら・・・・そして、ロボットの価格が1体500万円で、5年間24時間動くなら・・・メンテナンス及び動力用のエネルギーが年間200万円で済むのなら・・・
人間の役割は・・・ずいぶんと変わるのでは?予想はできますが・・・ちょっと、書く気は出ません・・・賤業が消滅し、代わりに醜業・・・これで良いでしょう。文明の絶頂期に現れる不思議なもの・・・世紀末・・・歴史の教えるキーワードは色々あります。人間の英知が、これを越えられれば良いのですが・・・かの世紀末のムーランルージュを見てみたい!なんって・・・
さて、ヒトラーは・・・自らの独裁を求めて・・・ナチ党は第一党にのし上がります。そして、安定した政権こそが、この難局を乗り越える唯一の手段であることを唱えます・・・要は、全権委任法を成立させようとします・・・
そこで、引き起こされたか?起こったかは知りませんが・・・国会議事堂放火事件が起こります・・・国家の一大事が発生します。
結果、ドイツの理性の最後の堤防が崩れました・・・ヒンデンブルク大統領の大統領緊急勅令によって・・・ヒンデンブルク大統領が恐れたのは、共産主義暴動の発生でした。その恐怖の火種として、ナチは国会議事堂の放火事件を利用、または策動?します。これにより、2つの大統領緊急令を手にします・・・結果・・・ナチに靡かない国会議員を含む人々を逮捕・予防拘禁するというわけです。
予防拘禁は怖いね・・・
そして、州政府にも命令を発し・・・ついに「民族および国家の危難を除去するための法律案」で・・・政府が制定した法律は大統領権限を除けば憲法に背反しても有効とするという素晴らしい法律を生み出します。
私も、一応は・・・恥ずかしながら法律に関する称号を持ってます・・・「法学士」単に法学部を卒業したというだけですが・・・それでも、憲法は「人権の保障を目的とする。」ぐらいは覚えています・・・従って人権を制限する「国民の憲法」は容認できないというだけなんですね。しかし・・・「国民の憲法」が出たのは学説が変わった?のかと気になって・・・でも変わってなさそう・・・日本はどうなるの?って・・・憂国の士になりそう・・・場合によっては予防拘禁・・・実質的な終身刑が待っている・・・
とにかく、ナチスは法に則って国民の生殺与奪の権限を握ってしまったわけなのです。現行の憲法では、こういった事ができないようにさまざまな条文に阻止条項が組み込まれているのです。だから・・・変な日本語になる・・・翻訳によるものではなく・・・普通の日本語では厳密な表現が困難だからということのような気がします。
少なくとも、現行の憲法は、ナチが政権をとったことなどを踏まえて、当時の英知を集めて・・・戦争の惨禍が起ることのないやうにすることと、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであって、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国との対等関係に立とうとする各国の責務であるとして押し付けられたものであると思うわけです。
そう考えると・・・我が国の憲法の原本は「世界の記憶」に登録すべきであると思うのですが・・・もし・・「国民の憲法」の時代になったら、焚書の対象になるでしょうから。大日本帝国憲法の復権であるなら、私は全然気にしませんが・・・・まあ、「世界の記憶」の登録申請は、国のバックアップが無くても可能ですからね・・・ユネスコはなかなか良く考えているものだ・・・焚書を避けて後世に残すための装置を作ってますからね。
久々に、私の中の亡霊がよみがえってきたかもしれません・・・ナチス政権、その昔研究しましたね。どのように権力を奪取していくか?日本の現行憲法は、このナチが民主的な手段を通じて政権を奪取するプロセスを良く除いていると感じたものでね。
その昔、気付かなかったことが・・・今回、比較憲法のようなアプローチの中で気付いてきました・・・国連憲章も久しぶりに読んだし・・・人権がいかに大切なのか?人権を停止することが何につながるか・・・人権を停止しようとするものが何を望むのか?
何しろ、わが国にも、再びそういった時代が訪れそうな気配を感じてしまいましたから・・・確かに、自由や人権は空気のような希薄な、普段意識しない物なのかもしれませんが・・・大日本帝国憲法が定める臣下としての自由権でも、私は別に何不自由なく生活できたと思います・・・何しろ、日本人ですし、無産政党は支持しませんから・・・しかし、挙国一致内閣、翼賛政治、隣組による相互監視の中では馬脚を現しそうですから・・・欲しがりません勝つまでは!贅沢は敵だ!この非常時に!等で縛られるには・・・ちょっと、色々と工夫をしますからね。こういう状況下になると、他の人と何か違った事をすることは全て悪になってしまうので・・・
たとえば・・・砂糖の配給が止まり、甘いものが欲しくなったら?澱粉の糖化ですね・・・なんで奴は甘いものを食べてる?疑わしい・・・酒が飲みたい・・・密造酒ぐらい作れますから・・・この非常時にけしからん!俺にもよこせ・・・戦時下には皆が同じでなければならないのです。不正であっても・・・それが個人の独占でなく、その地区という範囲で行われ、他の地区から羨望の目で見られない程度に薄まっていればOK・・・これが、島国根性の基本では?その地区で共有していればOK・・・よそ者のやることは信じられないし、共有できるものではないから・・・出る杭は打たれる・・・
島国根性の島はある意味・・・やくざのシマと同じで、特定の権利義務関係で縛られた秩序だった範囲とでも言ったら良いかな?・・・その秩序=根性なのでしょう。
かつて、やくざ者と言われた者たちが、警察権も握っていたりして・・・平気で二足のわらじを・・・ってものがありました。天保水滸伝なども面白い読み物なのですが・・・東庄町: 天保水滸伝 笹川繁蔵 - Wikipedia 飯岡助五郎 - Wikipedia 近頃は忘れられつつあるのか?近代デジタルライブラリー - 新編天保水滸伝 講談の速記本ってのは、戦前の庶民の価値観を知る上での重要な史料のような・・・というのは言い過ぎかな・・・面白いので・・・そして、多くの人が感銘したから興行として成り立ったのですから・・・
おっと、天保水滸伝の話じゃなかった・・・
そう、非常時ってのが問題なんです。ナチは、国家の危機を捏造します・・・
まあ、その前に、世界恐慌とそれに続いた深刻な不況と失業率の急増に議会は対応できませんでした。そこで、ヒンデンブルク大統領は国民の不満を解消できない議会を重視せず、ワイマール共和国憲法第48条の大統領緊急令を乱発することで政局を乗り切ろうとします。
簡単に言えば、議会の議決なしに、さまざまなことを行う権利を手に入れて行きます。そりゃ、信任の厚いヒンデンブルク大統領ですから許されるわけです・・・ヒンデンブルクなら安心・・・こうなる理由は・・・大衆が議会制民主主義に失望しているからなのですね・・・ほら、伝統的支配の形が現れた・・・
「国民の憲法」ってのが現れた理由は・・・我が国の国民が、議会制民主主義について失望しつつある・・・いや、不信感を持ち始めたということなのでしょう。歴史は、ちゃんと色々なことを教えてくれるのです・・・
アベノミクス・・・しばらくその効果が続けば・・・大衆は、強力な指導者を求めるようになる・・・さあ、私の出番だって人が動き出すはずですね・・・キーワードは「伝統的支配」・・・社会が大きく変化するとき、変化を照らす光の届かない闇の中に、伝統的支配を望む者が蠢く・・・
多分、近頃の失業者の増加は・・・IT技術によるものでしょう・・・それから、重機の発達ですかね?近頃は、コンピュータ上で多くの事が一人の手で行われるようになってきましたから・・・多くの人が必要だった業務が・・・データベースによって管理されるようになって・・・私のいた会社でも・・・情報処理部の8人程度の仕事+外注していたものを、事実上、私一人でこなすようになっていった・・・重機オペレーターはどれだけの仕事がこなせるか・・・かつては、失業者の吸収先であった土木建設業が・・・人を必要としなくなりつつある・・・ユンボに装着するアタッチメントの数が増えると・・・人間の仕事が減る・・・
人型汎用ロボットが、知能指数60ぐらいでプログラム通りの作業をミリメートル精度で行うようになったら・・・・そして、ロボットの価格が1体500万円で、5年間24時間動くなら・・・メンテナンス及び動力用のエネルギーが年間200万円で済むのなら・・・
人間の役割は・・・ずいぶんと変わるのでは?予想はできますが・・・ちょっと、書く気は出ません・・・賤業が消滅し、代わりに醜業・・・これで良いでしょう。文明の絶頂期に現れる不思議なもの・・・世紀末・・・歴史の教えるキーワードは色々あります。人間の英知が、これを越えられれば良いのですが・・・かの世紀末のムーランルージュを見てみたい!なんって・・・
さて、ヒトラーは・・・自らの独裁を求めて・・・ナチ党は第一党にのし上がります。そして、安定した政権こそが、この難局を乗り越える唯一の手段であることを唱えます・・・要は、全権委任法を成立させようとします・・・
そこで、引き起こされたか?起こったかは知りませんが・・・国会議事堂放火事件が起こります・・・国家の一大事が発生します。
結果、ドイツの理性の最後の堤防が崩れました・・・ヒンデンブルク大統領の大統領緊急勅令によって・・・ヒンデンブルク大統領が恐れたのは、共産主義暴動の発生でした。その恐怖の火種として、ナチは国会議事堂の放火事件を利用、または策動?します。これにより、2つの大統領緊急令を手にします・・・結果・・・ナチに靡かない国会議員を含む人々を逮捕・予防拘禁するというわけです。
予防拘禁は怖いね・・・
そして、州政府にも命令を発し・・・ついに「民族および国家の危難を除去するための法律案」で・・・政府が制定した法律は大統領権限を除けば憲法に背反しても有効とするという素晴らしい法律を生み出します。
私も、一応は・・・恥ずかしながら法律に関する称号を持ってます・・・「法学士」単に法学部を卒業したというだけですが・・・それでも、憲法は「人権の保障を目的とする。」ぐらいは覚えています・・・従って人権を制限する「国民の憲法」は容認できないというだけなんですね。しかし・・・「国民の憲法」が出たのは学説が変わった?のかと気になって・・・でも変わってなさそう・・・日本はどうなるの?って・・・憂国の士になりそう・・・場合によっては予防拘禁・・・実質的な終身刑が待っている・・・
とにかく、ナチスは法に則って国民の生殺与奪の権限を握ってしまったわけなのです。現行の憲法では、こういった事ができないようにさまざまな条文に阻止条項が組み込まれているのです。だから・・・変な日本語になる・・・翻訳によるものではなく・・・普通の日本語では厳密な表現が困難だからということのような気がします。
少なくとも、現行の憲法は、ナチが政権をとったことなどを踏まえて、当時の英知を集めて・・・戦争の惨禍が起ることのないやうにすることと、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであって、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国との対等関係に立とうとする各国の責務であるとして押し付けられたものであると思うわけです。
そう考えると・・・我が国の憲法の原本は「世界の記憶」に登録すべきであると思うのですが・・・もし・・「国民の憲法」の時代になったら、焚書の対象になるでしょうから。大日本帝国憲法の復権であるなら、私は全然気にしませんが・・・・まあ、「世界の記憶」の登録申請は、国のバックアップが無くても可能ですからね・・・ユネスコはなかなか良く考えているものだ・・・焚書を避けて後世に残すための装置を作ってますからね。
日本って国は・・・?
国民の憲法ってやつを眺めて、日本って国は、専制君主国家になった方が良いのでは?なんって思ってしまいました。暴君は望みませんが温和な専制君主の下の方がきれいに治まるのでは・・・王権神授説をとり、伝統的な支配秩序を基本に、封建的な国家・・・なまじ、民主主義の皮をかぶせると、君主の名を借りて、ヒトラーのような者が現れる憲法を生み出そうとするのですから。
伝統的な支配・・・大御心による支配というのは、ある意味・・・公序良俗に基づいた支配ですから。それに比べると、政治屋が緊急勅令を出す事ができるような憲法では・・・私的に権力を行使する者にとっての自由が行使できます。
まあ、天皇って神ですから・・・だから、選挙権はない、神は選ぶのでなく意思を示すものだからです。従って・・・大御心=公序良俗の象徴でもある・・・ここまで高めれば、天皇の政府は、公序良俗に反する行いはできなくなるのでは・・・天皇の地位ってそういったものと考えればよいのではないかと思われます。「国民の憲法」の条文を見ると、天皇の利用の仕方が書かれているように見えるわけなんです。
天皇が長く日本国の象徴であり続けられていたのは、ある意味、天皇=日本の良心であるとも考えられていたからだろうと思います。
「国民の憲法」の前文の中で、私が最も嫌うものは・・・日本国民は建国以来、天皇を国民統合のよりどころとし、専断を排して衆議を重んじ、尊厳ある近代国家を形成した。山紫水明の美しい国土と自然に恵まれ、海洋国家として独自の日本文明を築いた。よもの海をはらからと願い、和をもって貴しとする精神と、国難に赴く雄々しさをはぐくんできた。・・・読んでむちゃくちゃ腹が立ってきました・・・
昭和天皇が、「よもの海みなはらからと思ふ世になど波風のたちさわぐらむ」を何のために使ったのか?これって、大御心でしょう・・・しかし、それにも関らず、開戦・・・敗戦・・・日本国民は、かつて天皇の大御心である「よもの海みなはらからと思ふ世になど波風のたちさわぐらむ」に反して開戦を決し・・・国難に赴かせた・・・天皇は専断を排して衆議を重んじ、大御心は戦争を良しとはしなかったが、明治天皇の御製で示すのみとした。これって・・・神が意思を示されたことを意味するのでは?
「国民の憲法」この試案は・・・かつて、ヒトラーを生み出した装置が仕込まれていますから・・・そのような憲法は私には許せません。神の支配というのは、公序良俗による支配ですから・・・天皇が神であるなら、それで良い、しかし・・・神の名で暴政をふるうような憲法は許せないというだけです。
大御心に反して、戦争を行った、結果は・・・朕深ク 世界ノ大勢ト 帝國ノ現状トニ鑑ミ 非常ノ措置ヲ以テ 時局ヲ収拾セムト欲シ 茲ニ 忠良ナル爾臣民ニ告ク 朕ハ 帝國政府ヲシテ 米英支蘇 四國ニ對シ 其ノ共同宣言ヲ受諾スル旨 通告セシメタリ・・・と世界情勢と我が国現状を御覧になって・・・形式的に神の座を退いて、人間として、日本の統合の象徴に成って、しりぬぐいをすることになったわけです。
天皇を神の座から退かせたのは何?大御心に反して戦争を望んだ愚民なのでは?八紘一宇の精神もそうですね。世界を一つ屋根の下と思う心があったら・・・その屋根の下で争いを好むはずがあるのか?しかし、天皇を神と信じない輩が、天皇の屋根の下で、下らぬ争いごとを起こしたのでは?
どうやら愚民は、八紘一宇と称しても、自分の八紘一宇にしたいようなのです。だから、愚民なのかな?・・・自分勝手な屋根を作って・・・「謹んで惟るに我が神洲たる所以は万世一系たる天皇陛下御統帥の下に挙国一体生成化育を遂げ遂に八紘一宇を完うするの国体に存す。」とか言うわけです。
ここでも、天皇は・・・近衛を率いて討伐の意思を示したりします・・・しかし、時が流れると・・・「皇国ノ国是ハ八紘ヲ一宇トスル肇国ノ大精神ニ基キ世界平和ノ確立ヲ招来スルコトヲ以テ根本トシ先ツ皇国ヲ核心トシ日満支ノ強固ナル結合ヲ根幹トスル大東亜ノ新秩序ヲ建設スルニ在リ」・・・大御心は平和を根本とするのに・・・戦争へ向けての秩序づくりに邁進しちゃいます・・・所詮愚民が・・・大御心の下で=公序良俗に従っていれば、人々は平等で自由である。しかし、愚民は自由や平等の意味が分かっていないから、そんなものは考えもしない・・・
日本に必要な憲法は、細かな規定は必要ないのでは?
日本は立憲君主国であり、日本国民の権利は、神である天皇の下で大御心によって授けられた平等であるものとする。大御心に反しない限り最大限に保障される。法律で定められた方法によって内閣総理大臣は、大御心を安らかに、かつ、より尊敬されるものとなるように最大限の努力をしなければならない。法律・条約・政府の役職などは天皇によって認証されることで効果を発する。天皇には拒否権があり、それは絶対である。
案外、こんなもので良いのでは?天皇=神 に恥をかかせない国家・・・公序良俗や良心に恥じない国家を模索し続ければ、それだけで素晴らしい国になるのでは?第二次世界大戦の結果を考えると・・・ああ、だから・・・自虐史観へと走るのか・・・天皇に恥をかかせた記録は許せない、そんなことを書くやつは自虐だと・・・それでもなお・・・よもの海・・・を使うのか、どこまで天皇を利用すれば気がすむのだ!なんてね。
まあ、神慮を人がはかることはできませんが・・・残念ながら・・・いつまでたっても、自分に都合のよいものしか作ることができないのか?崇高な精神はないのか?・・・まあ、仕方ないのかもしれません。神ではない人間には。
国民の憲法ってやつを眺めて、日本って国は、専制君主国家になった方が良いのでは?なんって思ってしまいました。暴君は望みませんが温和な専制君主の下の方がきれいに治まるのでは・・・王権神授説をとり、伝統的な支配秩序を基本に、封建的な国家・・・なまじ、民主主義の皮をかぶせると、君主の名を借りて、ヒトラーのような者が現れる憲法を生み出そうとするのですから。
伝統的な支配・・・大御心による支配というのは、ある意味・・・公序良俗に基づいた支配ですから。それに比べると、政治屋が緊急勅令を出す事ができるような憲法では・・・私的に権力を行使する者にとっての自由が行使できます。
まあ、天皇って神ですから・・・だから、選挙権はない、神は選ぶのでなく意思を示すものだからです。従って・・・大御心=公序良俗の象徴でもある・・・ここまで高めれば、天皇の政府は、公序良俗に反する行いはできなくなるのでは・・・天皇の地位ってそういったものと考えればよいのではないかと思われます。「国民の憲法」の条文を見ると、天皇の利用の仕方が書かれているように見えるわけなんです。
天皇が長く日本国の象徴であり続けられていたのは、ある意味、天皇=日本の良心であるとも考えられていたからだろうと思います。
「国民の憲法」の前文の中で、私が最も嫌うものは・・・日本国民は建国以来、天皇を国民統合のよりどころとし、専断を排して衆議を重んじ、尊厳ある近代国家を形成した。山紫水明の美しい国土と自然に恵まれ、海洋国家として独自の日本文明を築いた。よもの海をはらからと願い、和をもって貴しとする精神と、国難に赴く雄々しさをはぐくんできた。・・・読んでむちゃくちゃ腹が立ってきました・・・
昭和天皇が、「よもの海みなはらからと思ふ世になど波風のたちさわぐらむ」を何のために使ったのか?これって、大御心でしょう・・・しかし、それにも関らず、開戦・・・敗戦・・・日本国民は、かつて天皇の大御心である「よもの海みなはらからと思ふ世になど波風のたちさわぐらむ」に反して開戦を決し・・・国難に赴かせた・・・天皇は専断を排して衆議を重んじ、大御心は戦争を良しとはしなかったが、明治天皇の御製で示すのみとした。これって・・・神が意思を示されたことを意味するのでは?
「国民の憲法」この試案は・・・かつて、ヒトラーを生み出した装置が仕込まれていますから・・・そのような憲法は私には許せません。神の支配というのは、公序良俗による支配ですから・・・天皇が神であるなら、それで良い、しかし・・・神の名で暴政をふるうような憲法は許せないというだけです。
大御心に反して、戦争を行った、結果は・・・朕深ク 世界ノ大勢ト 帝國ノ現状トニ鑑ミ 非常ノ措置ヲ以テ 時局ヲ収拾セムト欲シ 茲ニ 忠良ナル爾臣民ニ告ク 朕ハ 帝國政府ヲシテ 米英支蘇 四國ニ對シ 其ノ共同宣言ヲ受諾スル旨 通告セシメタリ・・・と世界情勢と我が国現状を御覧になって・・・形式的に神の座を退いて、人間として、日本の統合の象徴に成って、しりぬぐいをすることになったわけです。
天皇を神の座から退かせたのは何?大御心に反して戦争を望んだ愚民なのでは?八紘一宇の精神もそうですね。世界を一つ屋根の下と思う心があったら・・・その屋根の下で争いを好むはずがあるのか?しかし、天皇を神と信じない輩が、天皇の屋根の下で、下らぬ争いごとを起こしたのでは?
どうやら愚民は、八紘一宇と称しても、自分の八紘一宇にしたいようなのです。だから、愚民なのかな?・・・自分勝手な屋根を作って・・・「謹んで惟るに我が神洲たる所以は万世一系たる天皇陛下御統帥の下に挙国一体生成化育を遂げ遂に八紘一宇を完うするの国体に存す。」とか言うわけです。
ここでも、天皇は・・・近衛を率いて討伐の意思を示したりします・・・しかし、時が流れると・・・「皇国ノ国是ハ八紘ヲ一宇トスル肇国ノ大精神ニ基キ世界平和ノ確立ヲ招来スルコトヲ以テ根本トシ先ツ皇国ヲ核心トシ日満支ノ強固ナル結合ヲ根幹トスル大東亜ノ新秩序ヲ建設スルニ在リ」・・・大御心は平和を根本とするのに・・・戦争へ向けての秩序づくりに邁進しちゃいます・・・所詮愚民が・・・大御心の下で=公序良俗に従っていれば、人々は平等で自由である。しかし、愚民は自由や平等の意味が分かっていないから、そんなものは考えもしない・・・
日本に必要な憲法は、細かな規定は必要ないのでは?
日本は立憲君主国であり、日本国民の権利は、神である天皇の下で大御心によって授けられた平等であるものとする。大御心に反しない限り最大限に保障される。法律で定められた方法によって内閣総理大臣は、大御心を安らかに、かつ、より尊敬されるものとなるように最大限の努力をしなければならない。法律・条約・政府の役職などは天皇によって認証されることで効果を発する。天皇には拒否権があり、それは絶対である。
案外、こんなもので良いのでは?天皇=神 に恥をかかせない国家・・・公序良俗や良心に恥じない国家を模索し続ければ、それだけで素晴らしい国になるのでは?第二次世界大戦の結果を考えると・・・ああ、だから・・・自虐史観へと走るのか・・・天皇に恥をかかせた記録は許せない、そんなことを書くやつは自虐だと・・・それでもなお・・・よもの海・・・を使うのか、どこまで天皇を利用すれば気がすむのだ!なんてね。
まあ、神慮を人がはかることはできませんが・・・残念ながら・・・いつまでたっても、自分に都合のよいものしか作ることができないのか?崇高な精神はないのか?・・・まあ、仕方ないのかもしれません。神ではない人間には。
国の形・・・? 国民の憲法(4)
国民の権利に入っていきますね。
第一節 総則
第一七条(基本的人権の保障) すべての国民は、この憲法が保障する基本的人権を享有する。
2 この憲法が保障する自由および権利は、国の緊急事態の場合を除き、国政上、最大限尊重されなければならない。
凄く嫌な憲法だ・・・今後、わが国では国の緊急事態が多発するのではないかと思われますね。でも、この憲法の保障する自由及び人権は何?私が大好きな条文は・・・「第13条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他国政の上で、最大の尊重を必要とする。」これですね。好きな理由は、簡単!幸福追求に対する国民の権利ってやつですね。残念ながら、幸福を追求する権利は失われることになるようです。共産圏に見られる、休息権も欲しいし・・・どうも、この憲法は、人権を制限することに重きを置いているようです。
解説に面白いことが書かれてるな・・・
無秩序な「自由」偏重歯止め
基本的人権を国民の権利として尊重しつつも「義務を軽視し、自由や権利を偏重する現行憲法の規定や解釈が、公共心や規範意識の喪失、社会秩序の混乱を招いた」との問題意識から、自由や権利に対する制限や、法令遵守(じゅんしゅ)(第19条)などの義務条項・規定を設け、権利と義務のバランスを取った。
ふむ、どうやら、これを考えた人間は「第12条 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであって、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。」この条文の意味が分かってないのかもしれない・・・
いま認められている権利は、義務を守ることで権利として定着してきた・・・だから、この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない。不断の努力は義務を守ること、そして濫用してはいけない・・・ああ、分かった、どうやら・・・この解説を書いた人にとっては、すでに低能な日本国民は権利を守るための不断の努力を放棄し、濫用しているので、責任を負えなくなった国民から、現行憲法が定める権利を取り上げる気になったと考えるのがよさそうです。自分の義務も果たせないゴミのような民衆に、高邁な理想の元にある自由や権利など不要である!国に従え!今こそ国の緊急事態である。この憲法が保障する人権も停止する!という道を着けたいのか・・・なんとなく納得。私が権力者であるのなら、この条文は大賛成・・・支配される側ならNO!
そもそも、人権を制限する文言を憲法に入れるなんって、そんなカッコ悪いことするなんって考えられない・・・何?あの国、何するか分からないじゃない・・・って言われちゃう・・・そもそも、人権の制限なんって、法律の中に沢山出てきますからね・・・災害対策基本法なんって憲法違反か?所謂、物資動員命令の類を規定して、財産権や自由を奪える規定を設けていますからね。刑法に新しいカテゴリーでも作ったら?権利の乱用に対する罪・・・最高刑は死刑とか・・・その方が良いと思うけどね。憲法に国家による人権制限規定を入れるなんって・・・何時代の国家だ?「国の緊急事態である、人権及び自由は停止する、各人は行政の命に従って労働する、居住地を離れてはいけない、本日より国民は国家の奴隷となる。」って宣言できちゃうのか?このようにならないようにするために、多くの人が命を賭して、権利と自由を勝ち取ってきたのに・・・まあ、日本の場合はすでに誰かが頑張って勝ち取った権利や自由を、何もしないで、現行の押し付け憲法でもらったのだから、要らない貰いもののような物は国家へ返納しても良いのかな?
もし、これに類似の条文を持つ憲法が国会で通りそうだったら、人権が停止される前に、出国して外国籍を取るのが良いかも?遅れると、面倒な亡命ってやつをしなくちゃいけなくなるのでね。こういった試案が出るようなら・・・いつでも出国できるように、パスポートの準備を怠らないようにしなきゃ!
この条文が出た時点で、ここから先を読む必要はないのでは?おいしい話があっても、それは国家の都合で停止することが可能な権利なんって・・・だから、現行憲法の「第11条 国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。」は重いのに・・・だから制限できるのは・・・唯一、国家や私的なものではなく「公共の福祉」という明確な形は持たないが、雰囲気としては・・・その事柄にかかわる人々のほとんどが是と認める状況下で・・・つまり、権利をはく奪される人間も強制されることなく是と言わざる得ない状況の下でぐらいの意味合いですかね。その場の空気・・・だな。・・・もっと簡単に言えば・・・ヤダヤダ絶対ヤダ・・・ウ~、皆のためだ仕方ない・・・という状況下では制限できる。犠牲的精神を要求されるような状況下ではとでもすればOKかな・・・お前にやってもらわないと皆が死んじゃう、お前がやればお前は死ぬだろうけど・・・それでも、頼む。という状況下でしょうね。「公共の福祉」実は、凄く重い言葉なのだと思います。生きる事をも剥奪する力を持った言葉・・・
まあ、人命軽視の国家だった日本では軽いのかも?お国のために死んでこい!と命ずるのですから。ボランティアではなく・・・そういえば、ボランティアって、本来的な意味が失われつつあるような?非常勤の無給奉仕活動に近くなってる・・・
そして、次の条文も、人権の制限です・・・うんざり・・・
第一八条(基本的人権の制限) 権利は義務を伴う。国民は、互いに自由および権利を尊重し、これを濫用してはならない。
2 自由および権利の行使については、国の安全、公共の利益または公の秩序の維持のため、法律により制限することができる。
これは、まさに、国家の要求によって、生きることも否定できる条文ですね。国のために死んでこい、お前の考えはよくない、公正な裁判に付すなどもったいない、生存権どころか生きる権利もないこの場で国家の要求により叩き殺す!ってね。
公の秩序の維持のための法律も作らねば・・・というより、治安維持法を復活させるための条文ですね。そして、特別高等警察も置かれるのでしょう。私は・・・何かの団体に属していないので、治安維持法の対象外かな?そして、扇動するつもりもないし・・・でも、粛清されるべき人間のリストに入ることは間違いない・・・
どんな法律を作ると良いかな?国の安全、公共の利益または公の秩序の維持のため、死刑を最高刑とする行政処分を行うことができる。てどうだろう?司法裁判所は基本的に統治行為について判断を下せないから・・・行政処分にすれば・・・そこでおしまい。この法律が通ったら?違憲立法審査は成り立たない・・・憲法の条文に、法律で制限することができるとあるから。素晴らしい憲法だ・・・海外移住にさらに一歩・・・さて、次の条文は・・・
第一九条(国民の義務) 国民は、国を守り、社会公共に奉仕する義務を負う。
2 国民は、法令を遵守する義務を負う。
3 国民は、法律の定めるところにより、納税の義務を負う。
凄い!この条文は・・・「国を守り、社会公共に奉仕する義務を負う。」か・・・国を守るための奉仕・・・つまり、徴兵条項か帝国憲法のようにストレートに書いても良いのでは?「第20条 日本臣民ハ法律ノ定ムル所ニ従ヒ兵役ノ義務ヲ有ス」困るのは、法律の定めがなくて「国を守り、社会公共に奉仕する義務を負う。」なのだから・・・お前は生涯、国を守る義務を負うのだ!とか、社会公共に死ぬまで誠実に奉仕せよ!とか言えちゃうわけか・・・もしかして内閣が起草して、詔勅の形で出せば何でもOKってことか?陛下、これが国民の選んだ代表者である内閣総理大臣の指示で、憲法に基づいて出される布告です。詔勅の形で下付されたい・・・現下の情勢により、わが国は20歳以上の男女全てに対して徴兵を行う、兵役期間が過ぎた後は生涯、予備役とする。 御名御璽・・・国の統治行為に歯止めをかけるための条項が無いから危険ですね?
ついでに・・・米国の憲法と比較するか・・・前文は・・・
われら合衆国の国民は、より完全な連邦を形成し、正義を樹立し、国内の平穏を保障し、共同の防衛に 備え、一般の福祉を増進し、われらとわれらの子孫のために自由の恵沢を確保する目的をもって、ここに アメリカ合衆国のためにこの憲法を制定し、確定する。
目的は「自由の恵沢を確保する」ことですね。西暦1787 年、アメリカ合衆国独立第12年、9月17日に定められた憲法の基本精神です。権利に関しては・・・権利章典と呼ばれる修正条項の中に入っています。
修正第1条[信教・言論・出版・集会の自由、請願権][1791 年成立]
連邦議会は、国教を定めまたは自由な宗教活動を禁止する法律、言論または出版の自由を制限する法律、 ならびに国民が平穏に集会する権利および苦痛の救済を求めて政府に請願する権利を制限する法律は、これを制定してはならない。
試案と比較してみましょう・・・自由および権利の行使については、国の安全、公共の利益または公の秩序の維持のため、法律により制限することができる。・・・私には言葉はありません。
修正第9条[国民が保有する他の権利] [1791 年成立]
この憲法の中に特定の権利を列挙したことをもって、国民の保有する他の権利を否定しまたは軽視したものと解釈してはならない。
1791年の人権規定です。そして、遠い将来、得るかもしれない国民の権利についても考えています。アメリカ合衆国憲法 アメリカ合衆国憲法本文第5章にもとづく修正する条項
さて・・・この憲法試案は、検討に値するのか?私は・・・このあたりで、検討する価値もないのでは?と考えちゃうわけです。今の憲法が、超硬性憲法で良かった・・・多分、良識的な人間がわずかでも残っている限りは、多分改憲は不可能でしょうから・・・あとは・・・革命だな・・・ある日、革命政府は憲法を停止した。新たに、「国民の憲法」を制定する!革命万歳!となるときですかね。
さて・・・この憲法試案だったら・・・帝国憲法の方がいいかな?なんって・・・・
第4条 天皇ハ国ノ元首ニシテ統治権ヲ総攬シ此ノ憲法ノ条規ニ依リ之ヲ行フ
第5条 天皇ハ帝国議会ノ協賛ヲ以テ立法権ヲ行フ
第8条 天皇ハ公共ノ安全ヲ保持シ又ハ其ノ災厄ヲ避クル為緊急ノ必要ニ由リ帝国議会閉会ノ場合ニ於テ法律ニ代ルヘキ勅令ヲ発ス
2 此ノ勅令ハ次ノ会期ニ於テ帝国議会ニ提出スヘシ若議会ニ於テ承諾セサルトキハ政府ハ将来ニ向テ其ノ効力ヲ失フコトヲ公布スヘシ
帝国議会がしっかりしていれば何とかなるはずですからね。人権はどのように勝ち取られてきたのか?こちらの方が調査としては面白い気がしてきました。あとは、国際法の交戦規定ですかね。しかし・・・「国民の憲法」って、いつ完成したの?まさか4月1日にまとめ、4月26日に発表したとか・・・そうであることを祈ります。そのうち、誰かが英文その他の言語に訳されて広まるかもしれない?・・・どんな反応が出るのか、こちらにも興味がありますね。
もうひとつ気になるのは・・・この試案は、ヒトラーを生み出す素地があるのでは?ワイマール憲法48条が前例ですから・・・日本は人権意識が低いのか?この憲法試案で喜べる人はどういった立場にある人?多分、一つは、ヒトラーのような権力を得たい人、もうひとつは・・・国産なら良いものだと信じている人ですかね?あとはなにかあるか?
国民の権利に入っていきますね。
第一節 総則
第一七条(基本的人権の保障) すべての国民は、この憲法が保障する基本的人権を享有する。
2 この憲法が保障する自由および権利は、国の緊急事態の場合を除き、国政上、最大限尊重されなければならない。
凄く嫌な憲法だ・・・今後、わが国では国の緊急事態が多発するのではないかと思われますね。でも、この憲法の保障する自由及び人権は何?私が大好きな条文は・・・「第13条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他国政の上で、最大の尊重を必要とする。」これですね。好きな理由は、簡単!幸福追求に対する国民の権利ってやつですね。残念ながら、幸福を追求する権利は失われることになるようです。共産圏に見られる、休息権も欲しいし・・・どうも、この憲法は、人権を制限することに重きを置いているようです。
解説に面白いことが書かれてるな・・・
無秩序な「自由」偏重歯止め
基本的人権を国民の権利として尊重しつつも「義務を軽視し、自由や権利を偏重する現行憲法の規定や解釈が、公共心や規範意識の喪失、社会秩序の混乱を招いた」との問題意識から、自由や権利に対する制限や、法令遵守(じゅんしゅ)(第19条)などの義務条項・規定を設け、権利と義務のバランスを取った。
ふむ、どうやら、これを考えた人間は「第12条 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであって、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。」この条文の意味が分かってないのかもしれない・・・
いま認められている権利は、義務を守ることで権利として定着してきた・・・だから、この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない。不断の努力は義務を守ること、そして濫用してはいけない・・・ああ、分かった、どうやら・・・この解説を書いた人にとっては、すでに低能な日本国民は権利を守るための不断の努力を放棄し、濫用しているので、責任を負えなくなった国民から、現行憲法が定める権利を取り上げる気になったと考えるのがよさそうです。自分の義務も果たせないゴミのような民衆に、高邁な理想の元にある自由や権利など不要である!国に従え!今こそ国の緊急事態である。この憲法が保障する人権も停止する!という道を着けたいのか・・・なんとなく納得。私が権力者であるのなら、この条文は大賛成・・・支配される側ならNO!
そもそも、人権を制限する文言を憲法に入れるなんって、そんなカッコ悪いことするなんって考えられない・・・何?あの国、何するか分からないじゃない・・・って言われちゃう・・・そもそも、人権の制限なんって、法律の中に沢山出てきますからね・・・災害対策基本法なんって憲法違反か?所謂、物資動員命令の類を規定して、財産権や自由を奪える規定を設けていますからね。刑法に新しいカテゴリーでも作ったら?権利の乱用に対する罪・・・最高刑は死刑とか・・・その方が良いと思うけどね。憲法に国家による人権制限規定を入れるなんって・・・何時代の国家だ?「国の緊急事態である、人権及び自由は停止する、各人は行政の命に従って労働する、居住地を離れてはいけない、本日より国民は国家の奴隷となる。」って宣言できちゃうのか?このようにならないようにするために、多くの人が命を賭して、権利と自由を勝ち取ってきたのに・・・まあ、日本の場合はすでに誰かが頑張って勝ち取った権利や自由を、何もしないで、現行の押し付け憲法でもらったのだから、要らない貰いもののような物は国家へ返納しても良いのかな?
もし、これに類似の条文を持つ憲法が国会で通りそうだったら、人権が停止される前に、出国して外国籍を取るのが良いかも?遅れると、面倒な亡命ってやつをしなくちゃいけなくなるのでね。こういった試案が出るようなら・・・いつでも出国できるように、パスポートの準備を怠らないようにしなきゃ!
この条文が出た時点で、ここから先を読む必要はないのでは?おいしい話があっても、それは国家の都合で停止することが可能な権利なんって・・・だから、現行憲法の「第11条 国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。」は重いのに・・・だから制限できるのは・・・唯一、国家や私的なものではなく「公共の福祉」という明確な形は持たないが、雰囲気としては・・・その事柄にかかわる人々のほとんどが是と認める状況下で・・・つまり、権利をはく奪される人間も強制されることなく是と言わざる得ない状況の下でぐらいの意味合いですかね。その場の空気・・・だな。・・・もっと簡単に言えば・・・ヤダヤダ絶対ヤダ・・・ウ~、皆のためだ仕方ない・・・という状況下では制限できる。犠牲的精神を要求されるような状況下ではとでもすればOKかな・・・お前にやってもらわないと皆が死んじゃう、お前がやればお前は死ぬだろうけど・・・それでも、頼む。という状況下でしょうね。「公共の福祉」実は、凄く重い言葉なのだと思います。生きる事をも剥奪する力を持った言葉・・・
まあ、人命軽視の国家だった日本では軽いのかも?お国のために死んでこい!と命ずるのですから。ボランティアではなく・・・そういえば、ボランティアって、本来的な意味が失われつつあるような?非常勤の無給奉仕活動に近くなってる・・・
そして、次の条文も、人権の制限です・・・うんざり・・・
第一八条(基本的人権の制限) 権利は義務を伴う。国民は、互いに自由および権利を尊重し、これを濫用してはならない。
2 自由および権利の行使については、国の安全、公共の利益または公の秩序の維持のため、法律により制限することができる。
これは、まさに、国家の要求によって、生きることも否定できる条文ですね。国のために死んでこい、お前の考えはよくない、公正な裁判に付すなどもったいない、生存権どころか生きる権利もないこの場で国家の要求により叩き殺す!ってね。
公の秩序の維持のための法律も作らねば・・・というより、治安維持法を復活させるための条文ですね。そして、特別高等警察も置かれるのでしょう。私は・・・何かの団体に属していないので、治安維持法の対象外かな?そして、扇動するつもりもないし・・・でも、粛清されるべき人間のリストに入ることは間違いない・・・
どんな法律を作ると良いかな?国の安全、公共の利益または公の秩序の維持のため、死刑を最高刑とする行政処分を行うことができる。てどうだろう?司法裁判所は基本的に統治行為について判断を下せないから・・・行政処分にすれば・・・そこでおしまい。この法律が通ったら?違憲立法審査は成り立たない・・・憲法の条文に、法律で制限することができるとあるから。素晴らしい憲法だ・・・海外移住にさらに一歩・・・さて、次の条文は・・・
第一九条(国民の義務) 国民は、国を守り、社会公共に奉仕する義務を負う。
2 国民は、法令を遵守する義務を負う。
3 国民は、法律の定めるところにより、納税の義務を負う。
凄い!この条文は・・・「国を守り、社会公共に奉仕する義務を負う。」か・・・国を守るための奉仕・・・つまり、徴兵条項か帝国憲法のようにストレートに書いても良いのでは?「第20条 日本臣民ハ法律ノ定ムル所ニ従ヒ兵役ノ義務ヲ有ス」困るのは、法律の定めがなくて「国を守り、社会公共に奉仕する義務を負う。」なのだから・・・お前は生涯、国を守る義務を負うのだ!とか、社会公共に死ぬまで誠実に奉仕せよ!とか言えちゃうわけか・・・もしかして内閣が起草して、詔勅の形で出せば何でもOKってことか?陛下、これが国民の選んだ代表者である内閣総理大臣の指示で、憲法に基づいて出される布告です。詔勅の形で下付されたい・・・現下の情勢により、わが国は20歳以上の男女全てに対して徴兵を行う、兵役期間が過ぎた後は生涯、予備役とする。 御名御璽・・・国の統治行為に歯止めをかけるための条項が無いから危険ですね?
ついでに・・・米国の憲法と比較するか・・・前文は・・・
われら合衆国の国民は、より完全な連邦を形成し、正義を樹立し、国内の平穏を保障し、共同の防衛に 備え、一般の福祉を増進し、われらとわれらの子孫のために自由の恵沢を確保する目的をもって、ここに アメリカ合衆国のためにこの憲法を制定し、確定する。
目的は「自由の恵沢を確保する」ことですね。西暦1787 年、アメリカ合衆国独立第12年、9月17日に定められた憲法の基本精神です。権利に関しては・・・権利章典と呼ばれる修正条項の中に入っています。
修正第1条[信教・言論・出版・集会の自由、請願権][1791 年成立]
連邦議会は、国教を定めまたは自由な宗教活動を禁止する法律、言論または出版の自由を制限する法律、 ならびに国民が平穏に集会する権利および苦痛の救済を求めて政府に請願する権利を制限する法律は、これを制定してはならない。
試案と比較してみましょう・・・自由および権利の行使については、国の安全、公共の利益または公の秩序の維持のため、法律により制限することができる。・・・私には言葉はありません。
修正第9条[国民が保有する他の権利] [1791 年成立]
この憲法の中に特定の権利を列挙したことをもって、国民の保有する他の権利を否定しまたは軽視したものと解釈してはならない。
1791年の人権規定です。そして、遠い将来、得るかもしれない国民の権利についても考えています。アメリカ合衆国憲法 アメリカ合衆国憲法本文第5章にもとづく修正する条項
さて・・・この憲法試案は、検討に値するのか?私は・・・このあたりで、検討する価値もないのでは?と考えちゃうわけです。今の憲法が、超硬性憲法で良かった・・・多分、良識的な人間がわずかでも残っている限りは、多分改憲は不可能でしょうから・・・あとは・・・革命だな・・・ある日、革命政府は憲法を停止した。新たに、「国民の憲法」を制定する!革命万歳!となるときですかね。
さて・・・この憲法試案だったら・・・帝国憲法の方がいいかな?なんって・・・・
第4条 天皇ハ国ノ元首ニシテ統治権ヲ総攬シ此ノ憲法ノ条規ニ依リ之ヲ行フ
第5条 天皇ハ帝国議会ノ協賛ヲ以テ立法権ヲ行フ
第8条 天皇ハ公共ノ安全ヲ保持シ又ハ其ノ災厄ヲ避クル為緊急ノ必要ニ由リ帝国議会閉会ノ場合ニ於テ法律ニ代ルヘキ勅令ヲ発ス
2 此ノ勅令ハ次ノ会期ニ於テ帝国議会ニ提出スヘシ若議会ニ於テ承諾セサルトキハ政府ハ将来ニ向テ其ノ効力ヲ失フコトヲ公布スヘシ
帝国議会がしっかりしていれば何とかなるはずですからね。人権はどのように勝ち取られてきたのか?こちらの方が調査としては面白い気がしてきました。あとは、国際法の交戦規定ですかね。しかし・・・「国民の憲法」って、いつ完成したの?まさか4月1日にまとめ、4月26日に発表したとか・・・そうであることを祈ります。そのうち、誰かが英文その他の言語に訳されて広まるかもしれない?・・・どんな反応が出るのか、こちらにも興味がありますね。
もうひとつ気になるのは・・・この試案は、ヒトラーを生み出す素地があるのでは?ワイマール憲法48条が前例ですから・・・日本は人権意識が低いのか?この憲法試案で喜べる人はどういった立場にある人?多分、一つは、ヒトラーのような権力を得たい人、もうひとつは・・・国産なら良いものだと信じている人ですかね?あとはなにかあるか?
国の形・・・? 国民の憲法(3)
軍の構成に入っていきますね。
第一五条(国際平和の希求) 日本国は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国が締結した条約および確立された国際法規に従って、国際紛争の平和的解決に努める。
特に問題はないですね。問題は、対応条文ですかね・・・
第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
この条文は素晴らしいと思うのです・・・世界遺産級ですね。漠然とした国際紛争・・・ここを明確にしちゃえば・・・ただ、どこの国も侵略軍は持ちませんから・・・全て自衛のための戦力ですから・・・武力を伴う国際紛争って、権益に関する事柄で起こるわけですが、こいつなら武力の行使が許されるってのは・・・いくらなんでも自衛は許されるというので・・・自衛隊があるわけですが・・・じゃあ自衛は?
刑法第三十六条 急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない。
2 防衛の程度を超えた行為は、情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる。
正当防衛は個人でも、国でも認められるよな・・・問題は、現行憲法の9条の「国際紛争」の中身・・・刑法の文言をいじると、自国又は他国の権利を防衛する事以外の・・・ってね。行きつくところは、正義の概念が問題になるわけです。国内・・・同じ文化圏であれば、正義の概念はある程度統一されている、しかし、異なる文化圏では・・・これが問題になる。
刑法の規定と同じで、交戦権なんって物は否定されているはずです。国家間での急迫不正の侵害が問題になるというわけです。そして、交戦規定が・・・Rules of Engagement こういったやつにヒントがあるかな?基本的には・・・国連憲章(日本語)|国連広報センター こっちの方が簡単に読めるので、この中から探してみましょう。
第2条4項に「4.すべての加盟国は、その国際関係において、武力による威嚇又は武力の行使を、いかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも、また、国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎まなければならない。」基本的に交戦権は否定されているわけです。
交戦権にかかる部分がありますね。
第42条 安全保障理事会は、第41条に定める措置では不充分であろうと認め、又は不充分なことが判明したと認めるときは、国際の平和及び安全の維持又は回復に必要な空軍、海軍または陸軍の行動をとることができる。この行動は、国際連合加盟国の空軍、海軍又は陸軍による示威、封鎖その他の行動を含むことができる。
現行憲法をいじるとすれば・・・
第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際の平和及び安全の維持又は回復以外の国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2 前項の目的に反する陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
目的を限定することで問題はなくなるが・・・十分骨抜きになっちゃうね。国連憲章そのものが、戦うなら・・・全世界が相手になるかもしれないぞって威嚇程度ですから。国の連合体同士の対立抗争事件だと、国連でも止めることは不可能になりますね。だから、国際連合憲章では次のように述べるのでしょう。
正義と条約その他の国際法の源泉から生ずる義務の尊重とを維持することができる条件を確立し、一層大きな自由の中で社会的進歩と生活水準の向上とを促進すること並びに、このために、寛容を実行し、且つ、善良な隣人として互いに平和に生活し、国際の平和及び安全を維持するためにわれらの力を合わせ、共同の利益の場合を除く外は武力を用いないことを原則の受諾と方法の設定によって確保し、すべての人民の経済的及び社会的発達を促進するために国際機構を用いることを決意して、 これらの目的を達成するために、われらの努力を結集することに決定した。
というわけで、第1条3項に 「経済的、社会的、文化的または人道的性質を有する国際問題を解決することについて、並びに人種、性、言語または宗教による差別なくすべての者のために人権及び基本的自由を尊重するように助長奨励することについて、国際協力を達成すること。としているわけです。」
戦争の原因になることは、経済的・社会的・文化的・人道的な性質を持っていて、人権及び基本的自由の尊重が国の紛争を避ける近道との認識なのでしょう。ここから眺めると、現行の憲法の性格が見えてくるのでは?現行憲法の人権規定の多さ・・・人権を拡張すると、国は無茶なことができなくなるということなのでしょう。戦争は突き詰めれば・・・いかに効率よく人を殺すかですから。味方の死者1人に対して10人も敵を殺せば・・・そういった勘定の世界ですかね。もっと殺せ!もっと壊せ、破壊だ殺戮だ!なのですからね。そこに正義はあるか?互いの国民を駆り立たせる正義はありますが・・・いずれにせよ殺戮と破壊を正当化するだけの正義、自己を正当化するための理論でしかない。国家の存亡!美しい言葉かもしれませんが国など滅びても人間が残れば、国など再建できる。しかし、無人の野になってしまったら?そこには国もできない・・・XX国跡・・・国と民は不可分であるが、民なくして国なし・・・逆はありえないでしょう。
だから、しっかりとした人権教育と、それなりの経済的な豊かさを与えれば・・・戦争は起こさないことになる。自分の人権を守りたいのなら、他人の人権にも自分人権と同じように守ればよい。単純な話です。信義に悖る国が現れることもあるから、そのときのための武力を保持するのはOK、しかし、軍は人殺しの修練を行う場所であることを忘れないようにしなければならないわけです。何しろ、軍の銃口は人間だけを目標にするわけですから。軍人のあの目は・・・人間を殺す事のために人を見る目なのだということなのです。できれば、軍など持ちたくないものなのです。身内に人殺しを出すのと同じことですから。
戦争など、単なる欲望を満足させる手段でしかないのですから・・・国際紛争・・・人間の集団の野心の対立・・・自己の欲望によって他人を不幸にするなんって・・・他人の欲望のために自分が不幸になるなんって・・・どちらも間違っている・・・
よって、人権規定を減らす憲法は、そのことだけで、低級な憲法になってしまうと考えるわけなんです。ですから、現行憲法は非常に優れた憲法であると考えるのです。軍を持つことは、憲法解釈で十分可能だと思われます。それは、我が国の憲法には国連憲章と同じ思想が流れているからです。
前文の中の
日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う。
国際社会の要求があるのなら、日本は、この目的のために武装することは何の憚りもないと思うからです。この崇高な目的のために軍を保持し、それが、国連軍の中核となるのなら、それは世界に誇るに足る軍隊でしょう。この文章での自覚は非常に重い意味があると考えるのですが・・・さて、試案の検討を続けますか・・・
第一六条(軍の保持、最高指揮権) 国の独立と安全を守り、国民を保護するとともに、国際平和に寄与するため、軍を保持する。
2 軍の最高指揮権は、内閣総理大臣が行使する。軍に対する政治の優位は確保されなければならない。
3 軍の構成および編制は、法律でこれを定める。
憲法に載せるものではなさそうな気がします。まずは自分の国のため、軍を持つぞ、内閣が統帥権を持つぞ!ってやつですね。今や戦争は・・・自国の利益のためだけに起こせる時代ではないので、ほとんど無意味・・・我が国の安全を守る?まわりの国の理解がなければ国など守れない・・・独裁国家を見よ!独裁というだけで、武力によって国が解散され、新しい国として生まれ変わる世の中なのだよ。祖国防衛なんってのにとらわれていてはいけない。
私だと、今の憲法でも、自衛隊法の第3条を改正するだけでよいと思うからです。
第三条 自衛隊は、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めることを主たる任務とし設置する。
これなら、9条の定める戦力ではないと言えると思いますね。そして、紛争があれば積極的に国連軍に参加できると思いますがね。憲法の精神にのっとった軍隊・・・そもそも、軍人が広く等しく人権を尊重するのであれば、自国の利益だけのために行動できないのでは?
簡単な例・・・敵の捕虜を1人殺す事にします。捕虜を尋問する軍人に、情報を引き出すために、その捕虜に最大限の便宜を図り、その捕虜の家族などの話をよく聞くように、そして、できるだけ仲良くなり打ち解けた会話をするように仕向けます。数か月の後、十分仲良くなり、その捕虜をよく知るようになり、捕虜としてではなく、一人の人間として扱うようになった所でこの軍人に命令を出します。お前のかかわった捕虜は戦争犯罪人と決した。よって、命ずる。この銃でこの捕虜を射殺せよ!ここに命令書がある。確認して処刑せよ!
軍人として命令を実行するでしょうが・・・私は嫌ですね・・・敵ではなく、人間として見た瞬間・・・殺せなくなりますね。
ですから、軍を作るには、人権教育抜きの人間を育てます。そして、教えることはただ一つ、敵を殺せ!敵は人間ではない!だから殺せ!命令によって殺しても殺人ではなく敵を処理しただけである!そして人権など理解していない将軍を作ります。将軍に守らせること、総理大臣の命は絶対だ何があっても実行するのだ。敵は人間ではない、家畜のように飼いならす事も出来ないものなのだ、誓って殺せ!我が命令は絶対である!
これが、強い軍隊を作るための教育ですね。そして、これが理想の軍隊なのです。敵を効率よく殺すための・・・軍人と一般人の違いは?一般人は、外国人を敵と見ず。人間として見ているので弱い。軍人は、仮想敵国人は敵というマークのついた的として見ているから殺す事も辞さないということですかね。
つまり、軍服を着るということは、射殺してもよい的になることを意味します。だから、敵に対しても武器を向けられるのです。残念なことに、軍というものはこういったものなのです。二等兵のマークは殺しても得点の低い標的、できれば将官クラスを的にしたいものです。軍を統帥する権限を持つ総理大臣など最高の得点になる的なのです。
軍の目的を明確にし、それを諸外国に信じさせられれば・・・OKなのです。9条に反することなく自衛隊法第3条の変更だけで軍を持てますし。軍の条項など入れない方が、立派な憲法になると思うわけです。自衛隊って名称もやめて、防衛隊にしちゃえばよいのでは?必要に応じて治安に当たるじゃなくて、必要に応じて復旧活動にも当たるものとするなんって条文に入れれば完璧じゃん!
その実、侵略軍だったりすると大変ですが・・・しかし、人権意識を持たせた軍人は・・・命令に反した行動をとる可能性が高くなるので、その意味でも、軍人にする人間は早いうちに一般社会から切り離し、人権など糞で、命令が絶対であることをたたき込む必要があるのでしょう・・・
軍の規定は・・・憲法にはそぐわない、軍は単なる国際間で渡り歩くための飾りのようなものだから・・・使わないことを前提としたものだから・・・使うときは・・・人権など存在せず、ただ、敵を殺し、殺しつくす事ですからね。
私は人権を重視します。歴史についても、人権や、個々人の経済を中心に眺めて行くので・・・口の悪い奴は、自虐史観の持ち主と考えるみたいなんです・・・私は、今の歴史教育って嫌いなんです。年号と事件を覚えること、事件の定形的な意義を覚えて・・・こんなの面白くないと思ってるんです。民族の歴史、民族の優秀性をたたき込む教育も嫌いですし、自虐なんって絶対嫌です!
私が日本史の教科書を書いたら・・・副題は、日本で権力を得るために!、世界史の教科書を書いたら・・・副題は、世界征服のために!なんって付けちゃいそうです。歴史から学ぶことは・・・いかにして権力を得、維持するかに尽きるような?一歩下がって・・・如何に尊敬され、それを維持するかのために学ぶものだと思うわけです。
日本史の最初の方を書いたら・・・狩猟採集によって生きていた時代、人間はそのテクニックと知識によって明確な貧富があり、より多くの食べ物を取る技や知識を持っているものが大きな尊敬を受ける富者として君臨する時代であった。基本は物々交換であったが、その中でもとりわけ価値の高いのは石器の材料になる石で、これは通貨のように扱われたと考えられる。同様に、山間部では塩が通貨のように使われた。このような価値の高い交換媒体を利用して、それなりの経済が存在していたとか・・・貧富の差のない平等な世界など夢と信じてますから・・・食料の欠乏により、奴隷となるものも出たと思われる。云々・・・
第二次世界大戦など書いたら・・・戦争をしてはいけないで締めくくるとは思いますが。戦争は負けてはいけない、勝つ戦争を戦い抜くのが正しい。では、勝つためには何をすれば良かったか?とかへ行っちゃいますから。私にとっては歴史から学ぶということはそういったものですからね。
歴史が教えるところによると・・・優秀な軍人または人権意識の乏しい軍人気質を持った人間が、祭り上げられて政治に進出すると、その人権意識にとらわれない強い指導力によって人々は理性によらず、その力強さと、儀式の壮麗さ、目も眩むばかりの演出、民族の優位!我が民族が世界をリードする!見よこの世界を・・・盲目的に信念によって動き・・・ってね。近隣諸国には脅威となるむちゃくちゃ国家が成立する・・・信義を重んずる人々は、征服されていく・・・喧嘩は相手の事を考えたら負け、情けをかけた瞬間終わる。これは、教科書に書けないことですからね。
情け容赦もなくに対して、人権というのは弱者が唱える物のように見えてくるが・・・その実は、自他の人権をきちんと守れる人間が最も強い人間であるのだと、歴史は教えてくれているように思えます。
ヒトラーがゲルマン民族の権利を考えるように、ちょっとだけでも他の民族の権利を考えたら、あのような戦争は起こらなかっただろうし、日本もヒトラーが唱えるゲルマン民族の権利を、大和民族の権利にすり替えなければ・・・日本は少なくとも北方領土と朝鮮と南洋群島は押さえられたと思うのですが・・・軍事力など、実のところは飾りで、実質的な人権に則った尊敬を勝ち得ることができるかが重要なのでしょう。
汝の敵を愛せに集約されるものです。・・・ルカによる福音書に現れる私にとっては最高の智の言葉・・・「敵を愛し、憎む者に親切にせよ。のろう者を祝福し、はずかしめる者のために祈れ。あなたの頬を打つ者にはほかの頬をも向けてやり、あなたの上着を奪い取る者には下着をも拒むな。あなたに求める者には与えてやり、あなたの持ち物を奪う者からは取りもどそうとするな。人々にしてほしいと、あなたがたの望むことを、人々にもそのとおりにせよ。自分を愛してくれる者を愛したからとて、どれほどの手柄になろうか。罪人でさえ、自分を愛してくれる者を愛している。自分によくしてくれる者によくしたとて、どれほどの手柄になろうか。罪人でさえ、それくらいの事はしている。また返してもらうつもりで貸したとて、どれほどの手柄になろうか。罪人でも、同じだけのものを返してもらおうとして、仲間に貸すのである。しかし、あなたがたは、敵を愛し、人によくしてやり、また何も当てにしないで貸してやれ。そうすれば受ける報いは大きく、あなたがたはいと高き者の子となるであろう。いと高き者は、恩を知らぬ者にも悪人にも、なさけ深いからである。あなたがたの父なる神が慈悲深いように、あなたがたも慈悲深い者となれ。人をさばくな。そうすれば、自分もさばかれることがないであろう。また人を罪に定めるな。そうすれば、自分も罪に定められることがないであろう。ゆるしてやれ。そうすれば、自分もゆるされるであろう。与えよ。そうすれば、自分にも与えられるであろう。人々はおし入れ、ゆすり入れ、あふれ出るまでに量をよくして、あなたがたのふところに入れてくれるであろう。あなたがたの量るその量りで、自分にも量りかえされるであろうから。」
この、人間関係の最高智は、なかなか普及しないようです。「汝の敵を愛せ」は知っているが、その実は・・・あまり理解されていない。だから、奇妙な軍を持って、勲章をなんって妙な飾りを胸に付けたがるのでしょう。
ちなみに、私はキリスト者ではないのですが・・・使える物は何でも使う、ろくでなしなので・・・いつか、信仰が得られるとよいと思ってはいますが・・・どんな神も、私には光を与えてくれないようなので・・・
軍の構成に入っていきますね。
第一五条(国際平和の希求) 日本国は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国が締結した条約および確立された国際法規に従って、国際紛争の平和的解決に努める。
特に問題はないですね。問題は、対応条文ですかね・・・
第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
この条文は素晴らしいと思うのです・・・世界遺産級ですね。漠然とした国際紛争・・・ここを明確にしちゃえば・・・ただ、どこの国も侵略軍は持ちませんから・・・全て自衛のための戦力ですから・・・武力を伴う国際紛争って、権益に関する事柄で起こるわけですが、こいつなら武力の行使が許されるってのは・・・いくらなんでも自衛は許されるというので・・・自衛隊があるわけですが・・・じゃあ自衛は?
刑法第三十六条 急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない。
2 防衛の程度を超えた行為は、情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる。
正当防衛は個人でも、国でも認められるよな・・・問題は、現行憲法の9条の「国際紛争」の中身・・・刑法の文言をいじると、自国又は他国の権利を防衛する事以外の・・・ってね。行きつくところは、正義の概念が問題になるわけです。国内・・・同じ文化圏であれば、正義の概念はある程度統一されている、しかし、異なる文化圏では・・・これが問題になる。
刑法の規定と同じで、交戦権なんって物は否定されているはずです。国家間での急迫不正の侵害が問題になるというわけです。そして、交戦規定が・・・Rules of Engagement こういったやつにヒントがあるかな?基本的には・・・国連憲章(日本語)|国連広報センター こっちの方が簡単に読めるので、この中から探してみましょう。
第2条4項に「4.すべての加盟国は、その国際関係において、武力による威嚇又は武力の行使を、いかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも、また、国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎まなければならない。」基本的に交戦権は否定されているわけです。
交戦権にかかる部分がありますね。
第42条 安全保障理事会は、第41条に定める措置では不充分であろうと認め、又は不充分なことが判明したと認めるときは、国際の平和及び安全の維持又は回復に必要な空軍、海軍または陸軍の行動をとることができる。この行動は、国際連合加盟国の空軍、海軍又は陸軍による示威、封鎖その他の行動を含むことができる。
現行憲法をいじるとすれば・・・
第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際の平和及び安全の維持又は回復以外の国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2 前項の目的に反する陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
目的を限定することで問題はなくなるが・・・十分骨抜きになっちゃうね。国連憲章そのものが、戦うなら・・・全世界が相手になるかもしれないぞって威嚇程度ですから。国の連合体同士の対立抗争事件だと、国連でも止めることは不可能になりますね。だから、国際連合憲章では次のように述べるのでしょう。
正義と条約その他の国際法の源泉から生ずる義務の尊重とを維持することができる条件を確立し、一層大きな自由の中で社会的進歩と生活水準の向上とを促進すること並びに、このために、寛容を実行し、且つ、善良な隣人として互いに平和に生活し、国際の平和及び安全を維持するためにわれらの力を合わせ、共同の利益の場合を除く外は武力を用いないことを原則の受諾と方法の設定によって確保し、すべての人民の経済的及び社会的発達を促進するために国際機構を用いることを決意して、 これらの目的を達成するために、われらの努力を結集することに決定した。
というわけで、第1条3項に 「経済的、社会的、文化的または人道的性質を有する国際問題を解決することについて、並びに人種、性、言語または宗教による差別なくすべての者のために人権及び基本的自由を尊重するように助長奨励することについて、国際協力を達成すること。としているわけです。」
戦争の原因になることは、経済的・社会的・文化的・人道的な性質を持っていて、人権及び基本的自由の尊重が国の紛争を避ける近道との認識なのでしょう。ここから眺めると、現行の憲法の性格が見えてくるのでは?現行憲法の人権規定の多さ・・・人権を拡張すると、国は無茶なことができなくなるということなのでしょう。戦争は突き詰めれば・・・いかに効率よく人を殺すかですから。味方の死者1人に対して10人も敵を殺せば・・・そういった勘定の世界ですかね。もっと殺せ!もっと壊せ、破壊だ殺戮だ!なのですからね。そこに正義はあるか?互いの国民を駆り立たせる正義はありますが・・・いずれにせよ殺戮と破壊を正当化するだけの正義、自己を正当化するための理論でしかない。国家の存亡!美しい言葉かもしれませんが国など滅びても人間が残れば、国など再建できる。しかし、無人の野になってしまったら?そこには国もできない・・・XX国跡・・・国と民は不可分であるが、民なくして国なし・・・逆はありえないでしょう。
だから、しっかりとした人権教育と、それなりの経済的な豊かさを与えれば・・・戦争は起こさないことになる。自分の人権を守りたいのなら、他人の人権にも自分人権と同じように守ればよい。単純な話です。信義に悖る国が現れることもあるから、そのときのための武力を保持するのはOK、しかし、軍は人殺しの修練を行う場所であることを忘れないようにしなければならないわけです。何しろ、軍の銃口は人間だけを目標にするわけですから。軍人のあの目は・・・人間を殺す事のために人を見る目なのだということなのです。できれば、軍など持ちたくないものなのです。身内に人殺しを出すのと同じことですから。
戦争など、単なる欲望を満足させる手段でしかないのですから・・・国際紛争・・・人間の集団の野心の対立・・・自己の欲望によって他人を不幸にするなんって・・・他人の欲望のために自分が不幸になるなんって・・・どちらも間違っている・・・
よって、人権規定を減らす憲法は、そのことだけで、低級な憲法になってしまうと考えるわけなんです。ですから、現行憲法は非常に優れた憲法であると考えるのです。軍を持つことは、憲法解釈で十分可能だと思われます。それは、我が国の憲法には国連憲章と同じ思想が流れているからです。
前文の中の
日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う。
国際社会の要求があるのなら、日本は、この目的のために武装することは何の憚りもないと思うからです。この崇高な目的のために軍を保持し、それが、国連軍の中核となるのなら、それは世界に誇るに足る軍隊でしょう。この文章での自覚は非常に重い意味があると考えるのですが・・・さて、試案の検討を続けますか・・・
第一六条(軍の保持、最高指揮権) 国の独立と安全を守り、国民を保護するとともに、国際平和に寄与するため、軍を保持する。
2 軍の最高指揮権は、内閣総理大臣が行使する。軍に対する政治の優位は確保されなければならない。
3 軍の構成および編制は、法律でこれを定める。
憲法に載せるものではなさそうな気がします。まずは自分の国のため、軍を持つぞ、内閣が統帥権を持つぞ!ってやつですね。今や戦争は・・・自国の利益のためだけに起こせる時代ではないので、ほとんど無意味・・・我が国の安全を守る?まわりの国の理解がなければ国など守れない・・・独裁国家を見よ!独裁というだけで、武力によって国が解散され、新しい国として生まれ変わる世の中なのだよ。祖国防衛なんってのにとらわれていてはいけない。
私だと、今の憲法でも、自衛隊法の第3条を改正するだけでよいと思うからです。
第三条 自衛隊は、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めることを主たる任務とし設置する。
これなら、9条の定める戦力ではないと言えると思いますね。そして、紛争があれば積極的に国連軍に参加できると思いますがね。憲法の精神にのっとった軍隊・・・そもそも、軍人が広く等しく人権を尊重するのであれば、自国の利益だけのために行動できないのでは?
簡単な例・・・敵の捕虜を1人殺す事にします。捕虜を尋問する軍人に、情報を引き出すために、その捕虜に最大限の便宜を図り、その捕虜の家族などの話をよく聞くように、そして、できるだけ仲良くなり打ち解けた会話をするように仕向けます。数か月の後、十分仲良くなり、その捕虜をよく知るようになり、捕虜としてではなく、一人の人間として扱うようになった所でこの軍人に命令を出します。お前のかかわった捕虜は戦争犯罪人と決した。よって、命ずる。この銃でこの捕虜を射殺せよ!ここに命令書がある。確認して処刑せよ!
軍人として命令を実行するでしょうが・・・私は嫌ですね・・・敵ではなく、人間として見た瞬間・・・殺せなくなりますね。
ですから、軍を作るには、人権教育抜きの人間を育てます。そして、教えることはただ一つ、敵を殺せ!敵は人間ではない!だから殺せ!命令によって殺しても殺人ではなく敵を処理しただけである!そして人権など理解していない将軍を作ります。将軍に守らせること、総理大臣の命は絶対だ何があっても実行するのだ。敵は人間ではない、家畜のように飼いならす事も出来ないものなのだ、誓って殺せ!我が命令は絶対である!
これが、強い軍隊を作るための教育ですね。そして、これが理想の軍隊なのです。敵を効率よく殺すための・・・軍人と一般人の違いは?一般人は、外国人を敵と見ず。人間として見ているので弱い。軍人は、仮想敵国人は敵というマークのついた的として見ているから殺す事も辞さないということですかね。
つまり、軍服を着るということは、射殺してもよい的になることを意味します。だから、敵に対しても武器を向けられるのです。残念なことに、軍というものはこういったものなのです。二等兵のマークは殺しても得点の低い標的、できれば将官クラスを的にしたいものです。軍を統帥する権限を持つ総理大臣など最高の得点になる的なのです。
軍の目的を明確にし、それを諸外国に信じさせられれば・・・OKなのです。9条に反することなく自衛隊法第3条の変更だけで軍を持てますし。軍の条項など入れない方が、立派な憲法になると思うわけです。自衛隊って名称もやめて、防衛隊にしちゃえばよいのでは?必要に応じて治安に当たるじゃなくて、必要に応じて復旧活動にも当たるものとするなんって条文に入れれば完璧じゃん!
その実、侵略軍だったりすると大変ですが・・・しかし、人権意識を持たせた軍人は・・・命令に反した行動をとる可能性が高くなるので、その意味でも、軍人にする人間は早いうちに一般社会から切り離し、人権など糞で、命令が絶対であることをたたき込む必要があるのでしょう・・・
軍の規定は・・・憲法にはそぐわない、軍は単なる国際間で渡り歩くための飾りのようなものだから・・・使わないことを前提としたものだから・・・使うときは・・・人権など存在せず、ただ、敵を殺し、殺しつくす事ですからね。
私は人権を重視します。歴史についても、人権や、個々人の経済を中心に眺めて行くので・・・口の悪い奴は、自虐史観の持ち主と考えるみたいなんです・・・私は、今の歴史教育って嫌いなんです。年号と事件を覚えること、事件の定形的な意義を覚えて・・・こんなの面白くないと思ってるんです。民族の歴史、民族の優秀性をたたき込む教育も嫌いですし、自虐なんって絶対嫌です!
私が日本史の教科書を書いたら・・・副題は、日本で権力を得るために!、世界史の教科書を書いたら・・・副題は、世界征服のために!なんって付けちゃいそうです。歴史から学ぶことは・・・いかにして権力を得、維持するかに尽きるような?一歩下がって・・・如何に尊敬され、それを維持するかのために学ぶものだと思うわけです。
日本史の最初の方を書いたら・・・狩猟採集によって生きていた時代、人間はそのテクニックと知識によって明確な貧富があり、より多くの食べ物を取る技や知識を持っているものが大きな尊敬を受ける富者として君臨する時代であった。基本は物々交換であったが、その中でもとりわけ価値の高いのは石器の材料になる石で、これは通貨のように扱われたと考えられる。同様に、山間部では塩が通貨のように使われた。このような価値の高い交換媒体を利用して、それなりの経済が存在していたとか・・・貧富の差のない平等な世界など夢と信じてますから・・・食料の欠乏により、奴隷となるものも出たと思われる。云々・・・
第二次世界大戦など書いたら・・・戦争をしてはいけないで締めくくるとは思いますが。戦争は負けてはいけない、勝つ戦争を戦い抜くのが正しい。では、勝つためには何をすれば良かったか?とかへ行っちゃいますから。私にとっては歴史から学ぶということはそういったものですからね。
歴史が教えるところによると・・・優秀な軍人または人権意識の乏しい軍人気質を持った人間が、祭り上げられて政治に進出すると、その人権意識にとらわれない強い指導力によって人々は理性によらず、その力強さと、儀式の壮麗さ、目も眩むばかりの演出、民族の優位!我が民族が世界をリードする!見よこの世界を・・・盲目的に信念によって動き・・・ってね。近隣諸国には脅威となるむちゃくちゃ国家が成立する・・・信義を重んずる人々は、征服されていく・・・喧嘩は相手の事を考えたら負け、情けをかけた瞬間終わる。これは、教科書に書けないことですからね。
情け容赦もなくに対して、人権というのは弱者が唱える物のように見えてくるが・・・その実は、自他の人権をきちんと守れる人間が最も強い人間であるのだと、歴史は教えてくれているように思えます。
ヒトラーがゲルマン民族の権利を考えるように、ちょっとだけでも他の民族の権利を考えたら、あのような戦争は起こらなかっただろうし、日本もヒトラーが唱えるゲルマン民族の権利を、大和民族の権利にすり替えなければ・・・日本は少なくとも北方領土と朝鮮と南洋群島は押さえられたと思うのですが・・・軍事力など、実のところは飾りで、実質的な人権に則った尊敬を勝ち得ることができるかが重要なのでしょう。
汝の敵を愛せに集約されるものです。・・・ルカによる福音書に現れる私にとっては最高の智の言葉・・・「敵を愛し、憎む者に親切にせよ。のろう者を祝福し、はずかしめる者のために祈れ。あなたの頬を打つ者にはほかの頬をも向けてやり、あなたの上着を奪い取る者には下着をも拒むな。あなたに求める者には与えてやり、あなたの持ち物を奪う者からは取りもどそうとするな。人々にしてほしいと、あなたがたの望むことを、人々にもそのとおりにせよ。自分を愛してくれる者を愛したからとて、どれほどの手柄になろうか。罪人でさえ、自分を愛してくれる者を愛している。自分によくしてくれる者によくしたとて、どれほどの手柄になろうか。罪人でさえ、それくらいの事はしている。また返してもらうつもりで貸したとて、どれほどの手柄になろうか。罪人でも、同じだけのものを返してもらおうとして、仲間に貸すのである。しかし、あなたがたは、敵を愛し、人によくしてやり、また何も当てにしないで貸してやれ。そうすれば受ける報いは大きく、あなたがたはいと高き者の子となるであろう。いと高き者は、恩を知らぬ者にも悪人にも、なさけ深いからである。あなたがたの父なる神が慈悲深いように、あなたがたも慈悲深い者となれ。人をさばくな。そうすれば、自分もさばかれることがないであろう。また人を罪に定めるな。そうすれば、自分も罪に定められることがないであろう。ゆるしてやれ。そうすれば、自分もゆるされるであろう。与えよ。そうすれば、自分にも与えられるであろう。人々はおし入れ、ゆすり入れ、あふれ出るまでに量をよくして、あなたがたのふところに入れてくれるであろう。あなたがたの量るその量りで、自分にも量りかえされるであろうから。」
この、人間関係の最高智は、なかなか普及しないようです。「汝の敵を愛せ」は知っているが、その実は・・・あまり理解されていない。だから、奇妙な軍を持って、勲章をなんって妙な飾りを胸に付けたがるのでしょう。
ちなみに、私はキリスト者ではないのですが・・・使える物は何でも使う、ろくでなしなので・・・いつか、信仰が得られるとよいと思ってはいますが・・・どんな神も、私には光を与えてくれないようなので・・・
国の形・・・? 国民の憲法(2)
国の構成に入っていきますね。
第一〇条(国民主権) 主権は、国民に存し、国家権力は、国民に由来する。国民は、その代表者を通じて、またはこの憲法の定める方法により、主権を行使する。
国民主権は良いとして・・・国家権力なんって言葉が出て来たぞ・・・憲法の定める方法により主権を行使・・・読み進まないと不明な部分ですから、先送り・・・
第一一条(国民) 日本国民の要件は、法律でこれを定める。
第一二条(領土) 日本国の領土は、日本列島、付属島嶼および法律で定める島嶼である。
領土か・・・定めて何になる?だから13条があるか・・・
第一三条(国家主権、国および国民の責務) 国は、その主権と独立を守り、公の秩序を維持し、かつ国民の生命、自由および財産を保護しなければならない。
2 国民は、みずから国家の一員であることを自覚し、その発展に寄与するよう努めなければならない。
日本語の「主権」って文脈によって意味が変化するから、もうちょっと明確にできればよいと思う。「主権は国民に存し」、「国は、その主権と独立を守り」・・・主権の意味内容が微妙・・・国家主権って「統治権」の意味合いだろうけど、いつの間にかすり替えられる可能性があるものですから問題かな?国が守るべきものは、基本は国民の権利でしょう。国民一人一人の権利を守るため、国土を守る必要がある・・・どうも、国家ありきの論法の方が好まれる時代になって来てるんでしょうか?
国民に主権があり、その主権を国家に委託することで国は国としての統治権を発揮できる。統治権は、統治する領域がなければならず、統治権の及ぶ範囲が侵害されたら?それは個々の国民の権利が侵害されていることになる・・・ただ、あまりこいつを強く主張すると、昔々のレーベンスラウムの亡霊が現れそうなんであまり強く言えないが・・・統治権の及ぶ範囲の死守は謳っても良いと思うが・・・この試案の13条では、国の権利を定めているが、例によって主権者に対する義務が小さくなってる・・・生命・自由・財産の権利を限界とするのか?
2項には、私の嫌いな言葉が出てきます。「貴様は国家の一員としての自覚が足りない!猛省せよ!」国家の一員としての自覚の内容なんですね。自覚の内容が不明瞭ですから・・・その発展に寄与・・・ここでの、「その」が指しているものが気になる。
国家によって国民が規定されるか、それとも、国民によって国家が規定されるのか?という問題がありますから・・・私が好むのは次のようなやつかな?
国民は、自らが主権者であることを自覚し、主権者の意思の総体である国家の発展に寄与するように努めなければならない。
考え方としては、株式会社と同じかな?内閣を構成する予定者の集まりが発起人で、投票は株への投資と同じで、より多くの主権を集めたかで、存続期間が決まっている会社=政府(国家の意思を具現するもの)が成立・・・国民の支持がなければ政権は維持できない。よって、会社=政府は解散、新たな会社=政府を模索する選挙が始まる・・・この会社=政府の目的は・・・よりよい税金の使い道をすると考えられる組織を作ること・・・漠然とした概念では「国益」って内容の不明確なもののための会社=政府・・・国益って、国民一人一人イメージが違うはずなんです。1つは自然人としての個人の益の集合体・・・人権を守ってくれる、基本的人権だけでなく、社会権も・・・快適に生きるための権利も・・・そして、自分が所属する組織についての権利も保障してくれる・・・農家と商人・工場労働者・資本家はそれぞれ違った益を求めるわけです。その総体が意味不明な「国益」という言葉で代表される・・・
政府などは、集めた税金を再分配するための組織と乱暴に考えるなら・・・国民一人一人に基本票1票を与え、これに、社会貢献度・・・支払った税金の額に応じて票を加算するとか、所属する納税する団体を代表させてそれも票として持たせるとか・・・さすがに、法人には投票権は与えられませんからね。あとは・・・ボランティアとして直接、社会に還元したものとかも、票として与えるとか?まあ、上限は3票分ぐらいですかね・・・たとえばA君は、基本票を1票と、納税分で0.3票と、企業に勤めているから0.2票と、ボランティア活動で0.4票持っていて4口の投票ができるとかね。基本票はXXに、納税分は・・・・と自分の利益毎に違う代議士または、まとめて同一の代議士へ・・・とかね。一点張りの博打を打たなくても済むようになる・・・そして、より国政に大きく参加するように、国家の発展に寄与する機会が増えるかもしれない・・・政治家は票が読みにくくなるから、一生懸命活動しなければならなくなるはず!
第一四条(国旗および国歌) 日本国の国旗は日章旗、国歌は君が代である。
2 国民は、国旗および国歌を尊重しなければならない。
これは、別に問題ないけど・・・日章旗は良いデザインだと思うし・・・君が代は千代に八千代に・・・君が天皇であっても、国民統合の象徴という意味では天皇は、国旗・国歌などは同じ仲間ですからね。立憲君主国であることは間違いないし、国際的に日章旗と君が代は定着してるし・・・オリンピックなどで、国旗掲揚、国歌吹奏を嫌がるようになれば別ですが・・・私としては国旗や国歌は、どちらかというと対外的なイメージの方が強いので・・・2項は、日章旗および君が代を尊重しなければならないと書いていないので、国民は、自国及び他国の、国旗および国歌を尊重しなければならない。としちゃってもよさそうな気がする・・・形の無い、国家を具現する象徴ですから・・・自国も他国も分け隔てなく・・・国家の表象物って他には・・・国璽とか御璽・・・国章の菊花、十六八重表菊に代表されるものですね。他には・・・内閣総理大臣紋章とか内閣・政府の紋章の五七の桐とか・・・そういえば、国号の日本ってのも法で定められていなかったかな?ついでに国号も定めるとか?にっぽん?にほん?の統一も・・・逆に混乱するか? ひのもとのくに・・・雅な感じで捨てがたい・・・
ちょっと気が変わりました・・・2項はいらないどころか、あったらまずい・・・国旗って、象徴的に扱われる場合とそうでない場合があります。意匠として使われる場合、たとえば、国旗などを神聖視する法律を作ると、帽子にデザインするのはOK、座布団はだめ、万国旗は運動会はOK、商店ではだめ、タオルの意匠にはだめ・・・無いとは思うが・・・万国旗のトイレットペーパーとかティッシュペーパーの意匠とか・・・不敬だろうな?法で定めなければならないことと、心得程度で良いことをきちんと区別しないといけない気がしてね。トイレットペーパーは、XXって国が嫌いだからXXの国旗のトイレットペーパーで・・・ひそかに反XX感情を私的にはらすのは、公序良俗に反しないだろうが・・・政府系の施設がそれで統一したら、戦争にまで発展しかねないかな?たとえば、ナチスドイツの国旗などなら?なんて・・・法律を定める必要のない範囲ではないかと・・・
国の構成に入っていきますね。
第一〇条(国民主権) 主権は、国民に存し、国家権力は、国民に由来する。国民は、その代表者を通じて、またはこの憲法の定める方法により、主権を行使する。
国民主権は良いとして・・・国家権力なんって言葉が出て来たぞ・・・憲法の定める方法により主権を行使・・・読み進まないと不明な部分ですから、先送り・・・
第一一条(国民) 日本国民の要件は、法律でこれを定める。
第一二条(領土) 日本国の領土は、日本列島、付属島嶼および法律で定める島嶼である。
領土か・・・定めて何になる?だから13条があるか・・・
第一三条(国家主権、国および国民の責務) 国は、その主権と独立を守り、公の秩序を維持し、かつ国民の生命、自由および財産を保護しなければならない。
2 国民は、みずから国家の一員であることを自覚し、その発展に寄与するよう努めなければならない。
日本語の「主権」って文脈によって意味が変化するから、もうちょっと明確にできればよいと思う。「主権は国民に存し」、「国は、その主権と独立を守り」・・・主権の意味内容が微妙・・・国家主権って「統治権」の意味合いだろうけど、いつの間にかすり替えられる可能性があるものですから問題かな?国が守るべきものは、基本は国民の権利でしょう。国民一人一人の権利を守るため、国土を守る必要がある・・・どうも、国家ありきの論法の方が好まれる時代になって来てるんでしょうか?
国民に主権があり、その主権を国家に委託することで国は国としての統治権を発揮できる。統治権は、統治する領域がなければならず、統治権の及ぶ範囲が侵害されたら?それは個々の国民の権利が侵害されていることになる・・・ただ、あまりこいつを強く主張すると、昔々のレーベンスラウムの亡霊が現れそうなんであまり強く言えないが・・・統治権の及ぶ範囲の死守は謳っても良いと思うが・・・この試案の13条では、国の権利を定めているが、例によって主権者に対する義務が小さくなってる・・・生命・自由・財産の権利を限界とするのか?
2項には、私の嫌いな言葉が出てきます。「貴様は国家の一員としての自覚が足りない!猛省せよ!」国家の一員としての自覚の内容なんですね。自覚の内容が不明瞭ですから・・・その発展に寄与・・・ここでの、「その」が指しているものが気になる。
国家によって国民が規定されるか、それとも、国民によって国家が規定されるのか?という問題がありますから・・・私が好むのは次のようなやつかな?
国民は、自らが主権者であることを自覚し、主権者の意思の総体である国家の発展に寄与するように努めなければならない。
考え方としては、株式会社と同じかな?内閣を構成する予定者の集まりが発起人で、投票は株への投資と同じで、より多くの主権を集めたかで、存続期間が決まっている会社=政府(国家の意思を具現するもの)が成立・・・国民の支持がなければ政権は維持できない。よって、会社=政府は解散、新たな会社=政府を模索する選挙が始まる・・・この会社=政府の目的は・・・よりよい税金の使い道をすると考えられる組織を作ること・・・漠然とした概念では「国益」って内容の不明確なもののための会社=政府・・・国益って、国民一人一人イメージが違うはずなんです。1つは自然人としての個人の益の集合体・・・人権を守ってくれる、基本的人権だけでなく、社会権も・・・快適に生きるための権利も・・・そして、自分が所属する組織についての権利も保障してくれる・・・農家と商人・工場労働者・資本家はそれぞれ違った益を求めるわけです。その総体が意味不明な「国益」という言葉で代表される・・・
政府などは、集めた税金を再分配するための組織と乱暴に考えるなら・・・国民一人一人に基本票1票を与え、これに、社会貢献度・・・支払った税金の額に応じて票を加算するとか、所属する納税する団体を代表させてそれも票として持たせるとか・・・さすがに、法人には投票権は与えられませんからね。あとは・・・ボランティアとして直接、社会に還元したものとかも、票として与えるとか?まあ、上限は3票分ぐらいですかね・・・たとえばA君は、基本票を1票と、納税分で0.3票と、企業に勤めているから0.2票と、ボランティア活動で0.4票持っていて4口の投票ができるとかね。基本票はXXに、納税分は・・・・と自分の利益毎に違う代議士または、まとめて同一の代議士へ・・・とかね。一点張りの博打を打たなくても済むようになる・・・そして、より国政に大きく参加するように、国家の発展に寄与する機会が増えるかもしれない・・・政治家は票が読みにくくなるから、一生懸命活動しなければならなくなるはず!
第一四条(国旗および国歌) 日本国の国旗は日章旗、国歌は君が代である。
2 国民は、国旗および国歌を尊重しなければならない。
これは、別に問題ないけど・・・日章旗は良いデザインだと思うし・・・君が代は千代に八千代に・・・君が天皇であっても、国民統合の象徴という意味では天皇は、国旗・国歌などは同じ仲間ですからね。立憲君主国であることは間違いないし、国際的に日章旗と君が代は定着してるし・・・オリンピックなどで、国旗掲揚、国歌吹奏を嫌がるようになれば別ですが・・・私としては国旗や国歌は、どちらかというと対外的なイメージの方が強いので・・・2項は、日章旗および君が代を尊重しなければならないと書いていないので、国民は、自国及び他国の、国旗および国歌を尊重しなければならない。としちゃってもよさそうな気がする・・・形の無い、国家を具現する象徴ですから・・・自国も他国も分け隔てなく・・・国家の表象物って他には・・・国璽とか御璽・・・国章の菊花、十六八重表菊に代表されるものですね。他には・・・内閣総理大臣紋章とか内閣・政府の紋章の五七の桐とか・・・そういえば、国号の日本ってのも法で定められていなかったかな?ついでに国号も定めるとか?にっぽん?にほん?の統一も・・・逆に混乱するか? ひのもとのくに・・・雅な感じで捨てがたい・・・
ちょっと気が変わりました・・・2項はいらないどころか、あったらまずい・・・国旗って、象徴的に扱われる場合とそうでない場合があります。意匠として使われる場合、たとえば、国旗などを神聖視する法律を作ると、帽子にデザインするのはOK、座布団はだめ、万国旗は運動会はOK、商店ではだめ、タオルの意匠にはだめ・・・無いとは思うが・・・万国旗のトイレットペーパーとかティッシュペーパーの意匠とか・・・不敬だろうな?法で定めなければならないことと、心得程度で良いことをきちんと区別しないといけない気がしてね。トイレットペーパーは、XXって国が嫌いだからXXの国旗のトイレットペーパーで・・・ひそかに反XX感情を私的にはらすのは、公序良俗に反しないだろうが・・・政府系の施設がそれで統一したら、戦争にまで発展しかねないかな?たとえば、ナチスドイツの国旗などなら?なんて・・・法律を定める必要のない範囲ではないかと・・・
国の形・・・? 国民の憲法(1)
憲法遊びを始めてしまいました・・・こうなると、せっかくですから産経新聞社のまとめたやつを精読してやらねばならないですかね?
第一条(国柄) 日本国は、天皇を国の永続性および国民統合の象徴とする立憲君主国である。
第二条(国の元首) 天皇は、日本国の元首であり、国を代表する。
あれ?前文では立憲国家だったのに、ここでは立憲君主国家となってる?やはり、多くの目にふれる全文とは違った表現になってるのか?立憲君主国と言えば英国で・・・英国の国王の地位は・・・ウェストミンスター憲章(1931年)で、「イギリス連邦構成国の自由な連合の象徴である」だったかな・・・しかし、1条と2条の順が変な気がする・・・国民主権というのはどこへ行ったのやら?天皇の地位は何によって・・・?現行憲法では「第一条 天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。」で明瞭ですが・・・
それなら・・・
第一条 日本国は国民統合の象徴である天皇を元首とする立憲君主国である。天皇の地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。
というぐらいでよさそうな気がします。国民主権の立憲君主体制・・・逆に言えば、国民主権を放棄するという文言として書かれたのかね?王権神授説でも唱えるか?それとも後に出てくるのか?
第三条(皇位の継承) 皇位は、皇室典範の定めるところにより、皇統に属する男系の子孫がこれを継承する。
柔軟性に欠ける・・・男系が絶えたときは日本国は滅びるのか?憲法改正の発議が、やむを得ずして「男系子孫」を改定するために行われる可能性を秘めるから、現行憲法の「第二条 皇位は、世襲のものであつて、国会の議決した皇室典範 の定めるところにより、これを継承する。」と皇室典範に投げてしまえばよさそうな気がするが・・・男系に拘りたいのかね?女帝も良いと思うが・・・
第四条(天皇の権能、内閣の補佐および責任) 天皇は、この憲法の定める国事行為および公的行為を行う。
2 天皇のすべての国事行為および公的行為は、内閣がこれを補佐し、その責任を負う。
現行憲法で対応する条文は次のようなものですね。検討を要するのは・・・憲法の定める国事行為および公的行為の部分ですね。これは後にするとして・・・天皇の国事行為が、現行憲法では全て内閣の手中にあるとされるのを独立させ、内閣は補佐と責任を負うことになる・・・どうも、権利と義務の関係が曖昧になっている・・・・
第三条 天皇の国事に関するすべての行為には、内閣の助言と承認を必要とし、内閣が、その責任を負ふ。
第四条 天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない。
2 天皇は、法律の定めるところにより、その国事に関する行為を委任することができる。
現行憲法の場合、国事行為は内閣のコントロール下にあり、内閣の承認で行われた国事行為は、内閣が責任を負う形になってるが・・・この試案の方は、片務的な感じ・・・これってまずいのでは?日本的な曖昧な文言・・・天皇がやっちまった行為は内閣が辞職して責任を取るってことだね。
第五条(摂政) 皇室典範の定めるところにより、摂政を置くときは、摂政は天皇の名で国事行為を行う。
摂政は皇室典範の規定によるわけか。皇室典範を改定しないと、天皇=国事行為を行うものとするなら、第三条で国事行為を行うのは男系というのが崩れるのでは?摂政も男子とする方がきれいかな?そして、現行憲法の対応条文は「第五条 皇室典範 の定めるところにより摂政を置くときは、摂政は、天皇の名でその国事に関する行為を行ふ。この場合には、前条第一項の規定を準用する。」となっています。ここでは、摂政の行う国事行為に制限をかけている・・・
摂政が行う行為について、制限は掛けられていない・・・そして、内閣も責任を取る必要が無いのか?摂関政や院政を予定しているのか?権利義務関係のはっきりしない文言ってどうも穴が多くなる傾向があるのでは?あとは・・・現行憲法の第四条2項の委任の規定が無いから・・・国事行為は全て天皇が行わなければならなくなる・・・これは、不可能では?そうなると、委託者は摂政で、摂政は常設になるのか?
第六条(三権の長の任命) 天皇は、国会の指名に基づいて、内閣総理大臣を任命する。
2 天皇は、衆議院の指名に基づいて、衆議院議長を任命する。
3 天皇は、参議院の指名に基づいて、参議院議長を任命する。
4 天皇は、内閣の指名に基づいて、最高裁判所長官を任命する。
これは・・・現行憲法の条文では
第六条 天皇は、国会の指名に基いて、内閣総理大臣を任命する。
2 天皇は、内閣の指名に基いて、最高裁判所の長たる裁判官を任命する。
これに対応するが・・・衆参両院議長の任命を増やしている・・・議長の任命は・・・現行憲法では「第五十八条 両議院は、各々その議長その他の役員を選任する。」議長は、議員の代表者・・・?ここで天皇に任命権を与えることはどういうことになる?わざと、国事行為から外している理由は?現行憲法「第三条 天皇の国事に関するすべての行為には、内閣の助言と承認を必要とし、内閣が、その責任を負ふ。」からでしょうね。各々の議会は議会で責任を持つから・・・内閣に責任を負わせないため。内閣とは分離させるためでしょうね。なぜ、内閣に責任を負わせる?意図が良くわからない・・・
第七条(天皇の国事行為および公的行為) 天皇は、左の国事行為を行う。
一 憲法改正、法律、政令および条約を公布する。
二 国会を召集し、衆議院を解散する。
三 国会議員の選挙を施行する。
四 国務大臣および法律で定めるその他の公務員を任免する。
五 全権委任状ならびに大使および公使の信任状を発する。
六 外国の大使および公使の信任状を受理する。
七 栄典を授与する。
八 大赦、特赦、減刑、刑の執行の免除および復権を行う。
九 儀式を主宰する。
十 元号を制定する。
2 天皇は、左の公的行為を行う。
一 伝統に基づく皇室祭祀を行う。
二 国家的儀式または行事に出席し、国内を巡幸する。
三 前二号のほか、日本国民統合の象徴としてふさわしい行為を行う。
現行憲法では次のようなのが対応します。
第七条 天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行ふ。
一 憲法改正、法律、政令及び条約を公布すること。
二 国会を召集すること。
三 衆議院を解散すること。
四 国会議員の総選挙の施行を公示すること。
五 国務大臣及び法律の定めるその他の官吏の任免並びに全権委任状及び大使及び公使の信任状を認証すること。
六 大赦、特赦、減刑、刑の執行の免除及び復権を認証すること。
七 栄典を授与すること。
八 批准書及び法律の定めるその他の外交文書を認証すること。
九 外国の大使及び公使を接受すること。
十 儀式を行ふこと。
違いは、現行憲法が内閣の行政行為の象徴として天皇の手を煩わせる形を取っている・・・試案は天皇の名で行わせている・・・極端な書き方をすると、天皇は内閣の命で、左の国事行為を行う。と書いちゃえばよいのでは?まるで、天皇を利用するための条文のように見えて・・・ちょっと腹が立つ!現行憲法の「天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行ふ。」の方が立派な文言に見えるが・・・「国民のために」じゃなくて、ここを、「内閣のために」に書きなおしたかったのでは?案外、天皇の名を使った、超然内閣を意識しているのかも?
第八条(皇室典範の改正) 皇室典範の改正は、事前に皇室会議の議を経ることを必要とする。
唐突だな?憲法で定めるべき事柄なのか?皇室典範の改正の発議は、皇室会議によるわけだから・・・皇室典範の「第二十九条 内閣総理大臣たる議員は、皇室会議の議長となる。」つまり、内閣のコントロール下に皇室を置きたいって?
第九条(皇室の財産) 皇室の財産は、世襲財産を除き、予算に計上して国会の議決を経なければならない。
皇室の財産は予算に計上?皇室の費用は予算に計上されるが・・・この試案は意味が不明・・・対応条文は・・・「第八十八条 すべて皇室財産は、国に属する。すべて皇室の費用は、予算に計上して国会の議決を経なければならない。」
こんな具合かな・・・憲法学者じゃないからよくわからん・・・
憲法遊びを始めてしまいました・・・こうなると、せっかくですから産経新聞社のまとめたやつを精読してやらねばならないですかね?
第一条(国柄) 日本国は、天皇を国の永続性および国民統合の象徴とする立憲君主国である。
第二条(国の元首) 天皇は、日本国の元首であり、国を代表する。
あれ?前文では立憲国家だったのに、ここでは立憲君主国家となってる?やはり、多くの目にふれる全文とは違った表現になってるのか?立憲君主国と言えば英国で・・・英国の国王の地位は・・・ウェストミンスター憲章(1931年)で、「イギリス連邦構成国の自由な連合の象徴である」だったかな・・・しかし、1条と2条の順が変な気がする・・・国民主権というのはどこへ行ったのやら?天皇の地位は何によって・・・?現行憲法では「第一条 天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。」で明瞭ですが・・・
それなら・・・
第一条 日本国は国民統合の象徴である天皇を元首とする立憲君主国である。天皇の地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。
というぐらいでよさそうな気がします。国民主権の立憲君主体制・・・逆に言えば、国民主権を放棄するという文言として書かれたのかね?王権神授説でも唱えるか?それとも後に出てくるのか?
第三条(皇位の継承) 皇位は、皇室典範の定めるところにより、皇統に属する男系の子孫がこれを継承する。
柔軟性に欠ける・・・男系が絶えたときは日本国は滅びるのか?憲法改正の発議が、やむを得ずして「男系子孫」を改定するために行われる可能性を秘めるから、現行憲法の「第二条 皇位は、世襲のものであつて、国会の議決した皇室典範 の定めるところにより、これを継承する。」と皇室典範に投げてしまえばよさそうな気がするが・・・男系に拘りたいのかね?女帝も良いと思うが・・・
第四条(天皇の権能、内閣の補佐および責任) 天皇は、この憲法の定める国事行為および公的行為を行う。
2 天皇のすべての国事行為および公的行為は、内閣がこれを補佐し、その責任を負う。
現行憲法で対応する条文は次のようなものですね。検討を要するのは・・・憲法の定める国事行為および公的行為の部分ですね。これは後にするとして・・・天皇の国事行為が、現行憲法では全て内閣の手中にあるとされるのを独立させ、内閣は補佐と責任を負うことになる・・・どうも、権利と義務の関係が曖昧になっている・・・・
第三条 天皇の国事に関するすべての行為には、内閣の助言と承認を必要とし、内閣が、その責任を負ふ。
第四条 天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない。
2 天皇は、法律の定めるところにより、その国事に関する行為を委任することができる。
現行憲法の場合、国事行為は内閣のコントロール下にあり、内閣の承認で行われた国事行為は、内閣が責任を負う形になってるが・・・この試案の方は、片務的な感じ・・・これってまずいのでは?日本的な曖昧な文言・・・天皇がやっちまった行為は内閣が辞職して責任を取るってことだね。
第五条(摂政) 皇室典範の定めるところにより、摂政を置くときは、摂政は天皇の名で国事行為を行う。
摂政は皇室典範の規定によるわけか。皇室典範を改定しないと、天皇=国事行為を行うものとするなら、第三条で国事行為を行うのは男系というのが崩れるのでは?摂政も男子とする方がきれいかな?そして、現行憲法の対応条文は「第五条 皇室典範 の定めるところにより摂政を置くときは、摂政は、天皇の名でその国事に関する行為を行ふ。この場合には、前条第一項の規定を準用する。」となっています。ここでは、摂政の行う国事行為に制限をかけている・・・
摂政が行う行為について、制限は掛けられていない・・・そして、内閣も責任を取る必要が無いのか?摂関政や院政を予定しているのか?権利義務関係のはっきりしない文言ってどうも穴が多くなる傾向があるのでは?あとは・・・現行憲法の第四条2項の委任の規定が無いから・・・国事行為は全て天皇が行わなければならなくなる・・・これは、不可能では?そうなると、委託者は摂政で、摂政は常設になるのか?
第六条(三権の長の任命) 天皇は、国会の指名に基づいて、内閣総理大臣を任命する。
2 天皇は、衆議院の指名に基づいて、衆議院議長を任命する。
3 天皇は、参議院の指名に基づいて、参議院議長を任命する。
4 天皇は、内閣の指名に基づいて、最高裁判所長官を任命する。
これは・・・現行憲法の条文では
第六条 天皇は、国会の指名に基いて、内閣総理大臣を任命する。
2 天皇は、内閣の指名に基いて、最高裁判所の長たる裁判官を任命する。
これに対応するが・・・衆参両院議長の任命を増やしている・・・議長の任命は・・・現行憲法では「第五十八条 両議院は、各々その議長その他の役員を選任する。」議長は、議員の代表者・・・?ここで天皇に任命権を与えることはどういうことになる?わざと、国事行為から外している理由は?現行憲法「第三条 天皇の国事に関するすべての行為には、内閣の助言と承認を必要とし、内閣が、その責任を負ふ。」からでしょうね。各々の議会は議会で責任を持つから・・・内閣に責任を負わせないため。内閣とは分離させるためでしょうね。なぜ、内閣に責任を負わせる?意図が良くわからない・・・
第七条(天皇の国事行為および公的行為) 天皇は、左の国事行為を行う。
一 憲法改正、法律、政令および条約を公布する。
二 国会を召集し、衆議院を解散する。
三 国会議員の選挙を施行する。
四 国務大臣および法律で定めるその他の公務員を任免する。
五 全権委任状ならびに大使および公使の信任状を発する。
六 外国の大使および公使の信任状を受理する。
七 栄典を授与する。
八 大赦、特赦、減刑、刑の執行の免除および復権を行う。
九 儀式を主宰する。
十 元号を制定する。
2 天皇は、左の公的行為を行う。
一 伝統に基づく皇室祭祀を行う。
二 国家的儀式または行事に出席し、国内を巡幸する。
三 前二号のほか、日本国民統合の象徴としてふさわしい行為を行う。
現行憲法では次のようなのが対応します。
第七条 天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行ふ。
一 憲法改正、法律、政令及び条約を公布すること。
二 国会を召集すること。
三 衆議院を解散すること。
四 国会議員の総選挙の施行を公示すること。
五 国務大臣及び法律の定めるその他の官吏の任免並びに全権委任状及び大使及び公使の信任状を認証すること。
六 大赦、特赦、減刑、刑の執行の免除及び復権を認証すること。
七 栄典を授与すること。
八 批准書及び法律の定めるその他の外交文書を認証すること。
九 外国の大使及び公使を接受すること。
十 儀式を行ふこと。
違いは、現行憲法が内閣の行政行為の象徴として天皇の手を煩わせる形を取っている・・・試案は天皇の名で行わせている・・・極端な書き方をすると、天皇は内閣の命で、左の国事行為を行う。と書いちゃえばよいのでは?まるで、天皇を利用するための条文のように見えて・・・ちょっと腹が立つ!現行憲法の「天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行ふ。」の方が立派な文言に見えるが・・・「国民のために」じゃなくて、ここを、「内閣のために」に書きなおしたかったのでは?案外、天皇の名を使った、超然内閣を意識しているのかも?
第八条(皇室典範の改正) 皇室典範の改正は、事前に皇室会議の議を経ることを必要とする。
唐突だな?憲法で定めるべき事柄なのか?皇室典範の改正の発議は、皇室会議によるわけだから・・・皇室典範の「第二十九条 内閣総理大臣たる議員は、皇室会議の議長となる。」つまり、内閣のコントロール下に皇室を置きたいって?
第九条(皇室の財産) 皇室の財産は、世襲財産を除き、予算に計上して国会の議決を経なければならない。
皇室の財産は予算に計上?皇室の費用は予算に計上されるが・・・この試案は意味が不明・・・対応条文は・・・「第八十八条 すべて皇室財産は、国に属する。すべて皇室の費用は、予算に計上して国会の議決を経なければならない。」
こんな具合かな・・・憲法学者じゃないからよくわからん・・・
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